初めに個があるんじゃない。

みんなが全体にあるんだ。

天から聞こへたやうな気がした。


カエルは草色に身を隠し、喉を膨らませ

アリは大急ぎで地面の毛虫を解体してゐる

空っぽになる前に───

蛇はどこかにどうやらゐる、らしい


ミズヒキソウに風が立ち

ほんたうに何もかもが故郷にかへってゆく

地梨が山道の足元に熟れ

地蜂の巣や、スズメバチの巣も

栗の実の一叢が盛んに枝を伸ばし

清水を笹の葉で掬ふ

水が滴る先に、その向かうに


ミズヒキソウに風が立ち

かうして何もかも

今では翳もない魂のやうなものまでが

山の端の天辺から

沢を下り

扇状地は起伏を為し

やがて、流れゆく川に辿りつく


だから、一村では人が死ぬと

ただそれだけでも何かが欠けたやうな気がして

ただどうしやうもなく懐かしくなり

みんなは少し頭を垂れる


蜥蜴とかげが何かを呑みこんで石の上に腹を膨鼓させてゐる

陽がじっと照りかへし

その時また───

初めに個があるんじゃない

みんなが全体にあるんだ、と聞こへ

耐へきれずに蜥蜴は草むらに逃げ込んだ

地衣にあるたった一つを嚥み込むだとて

決して全体が変わるわけではない

虹色の背中が翻ってさう嘯く

結局何を嚥み込んだか云はずじまいになった


一村では人が死ぬと何もかもが懐かしくなる

ミズヒキソウに風が立ち

夢はみんなかへって行った


倉石智證

『のちのおもいに』

立原道造

夢はいつも 帰っていった

/ 山の麓の さびしい村に

/水引草に 風が立ち

/草ひばりの うたいやまない

/しずまりかえった

/午下がりの林道を・・・