僕は正直驚いてゐる
この文明は不道徳だ
ぼくはこの写真の中で
子供を抱いたお母さんの左の足が裸足なので吃驚して探した
靴かサンダルがどこか脱ぎ棄てられていないかと
探したのだ
こんな場所で
まったく聖書に語られるやうに
女性たちの受難の話が
裸の足が熱い砂をたよりなく蹴るやうに始まり
急ぎ足で
子どもたちはひとしきり泣いて
また泣きはじめる
まったくわたしたちは、神さまからどのくらい逃げたら
逃げきれるのだらうか
あっちに幸があり
こっちに不幸がある
不幸は黙り込み蹲ってゐる
あっちに泣き叫ぶ子がいれば
こっちに陽に笑い零れるやうな子がゐる
冷たい地にほうむられる子がいれば
聖水に祝福される子がゐる
噴き上げの水は午後には崩れ折れ
また砲弾が飛び交う空気を切り裂く音がし
あっちにはとうとう硬い石と瓦礫ばかりなのに
こっちには温かいみるくと やはらかいパンが供される
同じ地球なのに
神さまは何を考えてゐるのかさっぱり分からない
もう悪い冗談ばかりがずっと続いてゐて
国家がやることなんか
井戸を砂漠に荒らす人を
容赦なく、オマーシャリフは照準過たずに陽炎に撃った
それからこっち側の子供たちは笑わなくなった
砂漠色の戦車が隊列を組んでやって来る
技術は自己原因的であるが故に神に匹敵する
それは直ちに神が決めたことなのか(64人対1800人超)
あっちとこっちで命の値段がこんなにも違うだなんて
子供にガソリンを飲ませて焼き殺してしまうだなんて
■国連が運営する学校が攻撃された。
人間を突きぬけてゆくものがある
あゝ、青白い光が
「水を下さいと」今も1億光年の宇宙の彼方を
月はどっちに出てゐる
どころではない
みんなおんなじ月を見てゐる
倉石智證
「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、 村を破らず、人を殺さざる べし」
田中正造(1841-1913年)。
彼が亡くなった時、枕元に渡良瀬川の小石と、帝国憲法、そして聖書が残されていた。
文明は「築く」。
文化はそれを「豊かに」するものだ。
1900この方西欧文明とその他との
たとえば豊かさを分けたものとは───
オスマントルコの地中海支配を奪ったキリスト教社会は
イスラム=政教一致
に対して、
キリスト教は修道院の中やスコラ哲学の観念の中にキリスト教を巧みに分離した。
資本主義や市場経済の生成、発展とキリスト教の普及はおおいに関係しているのだ。
1905マックス・ウェーバー「プロティスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
プロティスタンティズムのいうなれば勤勉性が、
資本主義を内側から駆動する精神となった。
仕事を神から与えられた天職と考え、
それに勤勉に取り組むことこそ救済への道であると説くプロテスタント、
特にカルビン派の勤労観が
資本主義に不可欠な勤勉さをもたらしたと主張したのが
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』である。
一方で、
資本主義社会は、自己抑制の利いた労働者を必要とすると同時に、
消費者の抑制を取っ払うことに注力してきた。(肥満、浪費、依存症)。
ウェーバーはまたこのやうな言葉も残してゐる。
「精神のない専門家と心情のない享楽人」
2008,9/15「リーマン・ショック」や
2011,3/11「フクシマ・ショック」
へと続いてゆくことになる。




