狂おしい恋と放浪に明け暮れる。
セブンチーン、と云へば
聞こへはいいが
私のガランス〈村山槐多〉
本郷のカフェで、足を踏み鳴らし
朝まで遊んでいたもんだ(関根正二)
女に接吻を求めたら、すぐに応じた
ロシアでは革命が熾き上がって
チタに向かって汽車が鋭い汽笛を悲鳴して疾走してゆく
翌年にはコメ騒動が鳴動した
あらぬ脳髄から脳漿を絞るやうに
おちんちんからはありたけの精液を搾り出して
ぶん撒いた
遊び仲間の今東光は晩年の回想で、
「関根は思い切りの朱を使えて嬉しかっただろうな」と。
腸はらわたから浸み出るやうな
あれだけの朱の色を使へて
そのときほど昂揚する幸せを感じたことはない
むかし、そこに林があった
今はひっそりと静まりかえってゐるが
いまもそしてそこに変わらぬ林が在る
幸せと、云ふべきか
あの若者たちは死してなお横たわる
と云ふことがない
勃然と己の矜持のままに立って
いまも私たちを叱咤し続ける
倉石智證
世の中がひっくり返るやうなことが立て続けに起こって───
1911大逆事件で処刑
1914第1次大戦
1915対華21カ条要求
1917ロシア革命
1918コメ騒動とシベリア出兵
1923関東大震災
ロシア革命後、いわゆるシベリア出兵によって派遣された日本軍が
1918年9月にチタを占領。しかし、
1920年10月22日には再び赤軍が制圧し、極東共和国に組み込まれた。
幸せと云ふべきか。
若き革命家ムーヒンは手錠をかけられたまま逃走、
直後路上で射殺された(ブラゴベシチンスクで)。
夕暮れてゆく。
もう此岸だけでは間に合わない。
彼岸を目指すわたしのグァランス。
関根正二の朱色。
青木繁1882,7/13~1911,3/25
石川啄木1886,2/20~1912,4/13
宮沢賢治1896,8/27~1933,9/21
モジリアーニ1884,7/12~1920,1/24
エゴン・シーレ1890,6/12~1918,10/31
村山槐多1896,9/15~1919,2/20
関根正二1899,4/3~1919,6/16)たった20歳と2カ月で
三岸好太郎1903,4/18~1934,7/1
靉光1907,6/24~1946,1/19
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累々と横たわる己を恃む異端の天才たちの屍。

