おまへはこの初夏に入ろうとするこの季節に

根曲がりの皮を剥く

おまへはその根曲がりの皮の並びに

重大な成長の要素などを発見できたのか

重大な数値のやうなものを

でなければあの雪が溶け終わった斜面に強靭に根芽吹く

あの根曲がりのあの力強い成長を理解できない

斜面を藪漕ひで


で、次はこのアスパラだ

なぜにおまへたちはそんなに次へと成長するのか

採りたては台所の土間の冷えた暗いところに

根を下に縦にしとけ、と云ふ

さうしとけば未だ生命が抗ふと云ふのだ


さうしてわたしはこのやうに駒子の湯につかり

湯船に伸びをして

滾々と落ちる湯の音に、湯船の縁を枕に

茫然と大きなガラス窓の外を高く眺める

空が真っ青で白い雲が少し浮かび

杉の大木の枝が青々と左右に縁取る


なんでわたしだけが突然

といふ質問には到底答えられない

わたしは湯船に伸びをし

きみは病室のベッドに結わえつけられ

もう導尿は始まったのか

カテーテルはいやだね

死がみるみる体のなかに大きく育ってくるのが分かるやうだ


おなじやうに同時刻に

すべてのものが成長し繁茂しはじめる

それをおまへは耳でとらへ眼にやき付け

肌が粟立つほどに五感に感じてゐるはずだが


さうしてぼくらが行った時

六階のその白い病室から

だめかもしれない、と云ふのに

車いすに乗ってきみは出て来た

おそらく最後の力を振り絞って

で、ぼくらのまへに立ちあがった

分かるか、俺だおれだ

おゝ、・・・


なんとも深い悲しみに満ちた眼だ

直立不動で、病院靴の踵をそろへ

まるで出て行って帰らない出征兵士のやうではないか

自分では百四十歳まで生きる予定だったがと

唇蒼く、横真一文字に

すでに、生を拒絶し

けふ、たった今から追い出されるやうに退院する


深い森に囲まれた古びた故郷の家に帰るのだ

少しの成長も拒否し

ついでに喜びも

この躰ぢゅうを取り巻く倦怠と痛みにおさらばするために

ぼくはもう行くよと最後に握手をし

眼鏡の奥の眼を炯炯とさせて

「みなさん、長生きをして下さい」

と手を離さずに

そんなだから最後にぼくは彼の肩越しに

「ごきげんやう」

と云ふしかなかった。


倉石智證