ぼくはある数式を持ってトイレに入る

あるいはテーブルを回る

けふの天気はよく晴れた

数式はトイレに入った時と少しも変わりはない


いやしかし、√くんには参ったよ

水を流し忘れた

一体何にそんなに熱心だったのだらう

√4 なら簡単に開ける

と云ったのに√ 5のまま入って

やがてそのまま怒りだした


テーブルには冷たくした夏野菜と

折角の赤ワインまで少し冷やして置いておいたのに

気に入らないと、云ふのだ

どこかが平等ではなくなる

参加した人たちは4人で

平均からのずれを()して二乗して

足し合わせたものを平均した


平方根と云ふからには元は正方形(分散)なんだ

真ん中からのずれが大きいほど正方形は大きくなる

縦と横を掛け合わせた(×)ものを=S、

足し合わせて(S1+S2+S3+S4)平均したものを、開く



√くんは赤ワインを飲み過ぎだ

それを開けないと云って急に怒り出し

あまつさへ大勢のみんなの前で急に癇癪を起し泣きだした


ウィグルではまたテロがあって

偉い太った人が帰って行った

彼のことはみな大人と云ふが

この時季節がまた少しずれた

√君はとうとうほんたうに泣きだして

止めてください、と云った

止めてください、

みんな死ぬときまで一人で耐へて生きてゐるのですから

一人で耐へてきっと生きているのですから

√くんの顔は見る間に真っ赤になった


倉石智證

標準偏差が小さいほど

正規分布の山は高く中央に集まる。

いわゆる日本のやうな単一民族だ。



標準偏差が大きいほど

正規分布の山は丘のやうになだらかになり、

つまり価値観がすそ野広くひろがる。

ウクライナしかり、

中国然り、である。



自由や価値観を共有化するためには、

√くんはどのやうに開いたらいいのたらう。


いかにも時代が進み、民主主義は進化して来たかのやうに感じもするが、

世界はまた夢遊病者のやうに思考停止している。

ウェストファリア(1648)以降、国家の中枢の人々の頭の中は、

依然として“国境主義”で凝り固まってゐる。

そこに国家の大義として「分裂は許さない」、

領土と主権の一体性、が重要な課題として掲げられる。


しかし、ここにたとえばP・コトラーなどのやうに

マーケティングの発想を取り入れたらどうなんだらう。

つまり、顧客主義、である。

一番大事なのは、日々そこで暮らしてゐる人々の暮らし、生活のことである。

国家主権〈国民のベクトルをどうしても一つにしやうとする〉はそこに従うべきである。

プーチンとウクライナと〈EU、米国など〉、

近江商人ではないが“三方両損”をヒントにしたらいい。

欧米諸国はそんなにプーチンの顔を逆なでせずに、

1兆6000億円くらいのロシアのウクライナに対する債務をチャラにさせることを条件に、

クリミアだけの移譲を認める。

ロシアは他からは手を引く〈扇動しない〉。

クリミアは水道や食料はそのままウクライナから供給できるやうに計らってもらう。

EUはガスなどの供給や貿易、投資環境などはそのままにしてもらう。

そして欧米などが失うのは、現状では少しも機能しない“民主主義”のやうなものであるか。

ロシアには制裁は無し、株式、為替、エネルギー市場は毀損せずに済む。

歴史を前に進めるためには別な視点が必要だ。

顧客主義を貫けば、ウィグルやチベットなどにも別な展開点が訪れるかもしれない。