林檎の詩

 

詩は、たぶん食べるものですから

食べた後では忘れて下さい

詩は雲古のやうなものですから

ときに虹色に輝いて夕焼けの空にぽっかり浮かびます

詩は、歩くものですから

忘れないやうにあとを従ひて来て下さい

いやいやすると途端に見失ひます

詩は、屈むものですから立ち止まってじっと見て下さい

辛抱強く、

根気よく、

蟻の一行詩

蝸牛の、まいまい蝸牛の

葉裏から窓辺へ

詩は歌ひますから

小鳥たちとは特に仲良くして下さい

 

古来、

おそらく私たちはしばし立ち止まって自然を眺め、

耳を澄ませた、

あるいは空を見上げた、

と云ふのです。

詩は言葉の中にあるのではなく、自然の中にある

と云ふのです。

どこかで風の戦ぎでも感じたら

少しだけでいいですからこちらを向いて下さい

 

倉石智證

(14,4,27日経・福岡伸一「トンボ・可憐なハート型」)

私の田舎では“おつながり”とも云ふ。

雄は胴体を「つ」の字型に曲げて、尻尾の先でメスの頭部を、

雌は「し」の字型に屈曲させてその先端をオスの胸のあたりに。

あらかじめ尻尾を自分の胸付近にある袋に突っ込んで精子をためておく。

雌はその袋に尻尾の先端を入れて精子を受け取るのだ。

そして、生物学者福岡伸一さんは───

古来、おそらく私たちはしばし立ち止まって自然を眺め、耳を澄ませた。

あるいは空を見上げた。

そして、そこに密(ひそ)かなシンボルを読み取り、豊かなイメージを喚起された。

詩は言葉の中にあるのではなく、自然の中にある。

となむ・・・