あの頃詩人は歌ふしかなかった

麦と兵隊、

麦と兵隊、

麦と兵隊、

大きな戦争がいくつもあって

光りが雲を劈つんざ

幾億光年もの宇宙の外へ

いまでもそこに、「水ヲ下サイ」───


あのころかあさんは歌うしかなかった

ねんねんおころり

暗い土間で

硬い土壁

長い畝の向かうの杜に青葉木菟あおばずくが鳴いて

山羊の仔は木に繋がれたままで


それからのぼくはどうしたのか

少年の日の思い出深く

夏休みの雲白く

雲はいつもぼくの肩の上に

確かにいくつかの恋に出会って

それから子供が生まれた

肩車、遊園地、動物園、海水浴

宿題の山がこんなにもあったが

いつのまにか巣立って消えて

気が付くとまた二人だけになって


今でも詩人は歌い続けている

無駄なことは止めなさいよって

柿の若葉が光ってゐる

幾億光年の涯に

すべてが光りの粒子になって散らばってゆき

ほら、あそこにもここにも

ひいじいさんの時代には

じいさんや父さんの時代には

鍬の柄に手を休めて

かあさんの背中が少し見える

糸引き車を手で回し


母さんらがいなくなると

茫然とわたしらが立たされ

後ろにも前にも

幾億光年の涯に

山羊の歌が聞こえる

もうすぐ深い木下闇の季節に

青葉木菟が鳴き出す


倉石智證