ボナールは戦時中のフランスを去ることはなかった。
ぼくは黄色い幸福感に満ちて
そそくさとミモザの下に
或いはゴッホのヒマワリや
ゴーギャンの黄色いキリストの下へ潜り込む
ひどく苛さいなまれるのだ
いちいち、人間って、どうかしてゐる
cleave 裂け目
そこから眩しい光りがこぼれ出る
そして、だれかが覗いてゐる
誰かが死んじまった時もさうだったが
ガラス戸を引いて敷石に下り
静かな中庭を進み
庭の隅に咲いてゐるミモザの花に歩み寄る
死は必ずしも約束されたものではなかったが
と云うのも、彼はまだまだ若く
とうてい死を約束されるという
世間のほどではなかったからだ
災厄は意外なとんでもない方からやって来た
戦争が始まったのだ
天使の海岸、と云われたが
長く伸びた湾曲に
いっぱいに地雷が埋められた
ぼくは、どうにも落ち着かなくなる
丘の上で
空はやたらと晴れて青く
ガラス戸の外は静かで
窓いっぱいにミモザの花が咲いて
それはぼくを驚かす
カーテンの隙間や古屋根の裂け目から
光りが零れ出て
戦闘機が低く真っ黒になって飛んでいった
大勢の人たちが襤褸のやうに列になって
収容所の方に運ばれて行った
この黄色はぼくの眼の奥で溶けて、斑はだらになって
雨の水滴のやうになって流れ出す
突然、
ぼくは欺瞞に満ちた両手で
ぼくは黄色い幸福感に満ちて
───「或る日のボナール」は
倉石智證
