「嫌でも忘れないほど」ジャンプの感覚を体に染み込ませた。
「純粋でいちずな目をしている」当時の池田靖コーチ。
おんや、止まってゐるよ
止まってゐる
どうしたんだらう
動かないよ
眠ってゐるんだらうか
あんなとこで
下りて来る気ィはないんだらうか
あゝ、いい気持ちだ
ほんたうに気持ちがいい
眠ってゐるんだ、ぼくは
それにしても
浮かんでゐる、
浮かんでゐる、
こんなにリラックスして心が休まるなんて
まったくぼくは、どうかしてゐる
100万分の1秒の静寂サ
全身全霊で
そして、次を待ってゐる
しかし私以外のこの静けさは何だらう
わたし自身では心臓がどっくんどっくん、波打ってゐる
“せぬ隙(ひま)”では
「隙々に 心を捨てずして 用心をもつ内心なり
この内心の感 外に匂ひて面白きなり」
とぞ───
宇宙はみんな完璧につながるんだ
風が微かに戦いだ
喚声が聞こへ
ようやくぼくは下りてゆく準備が出来た
高梨沙羅、初戦V リレハンメル、ジャンプ女子。
高梨の1回目のジャンプ=共同
倉石智證
連続する内心の感───
世阿弥の代表的な能楽論『花鏡』に、「せぬ隙(ひま)」の一節がみえる。
舞を舞いやむ隙、音曲を謡いやむところ。
「隙々に 心を捨てずして 用心をもつ内心なり
この内心の感 外に匂ひて面白きなり」
と世阿弥はいう。
例えば「鹿威(ししおど)し」の次の音を待つ内心の、
心をそこに向けた時から、
それは重く大きな宇宙のような空間として存在を現す。
(藤田六郎兵衛・能楽笛方13,12/9日経)




