■(13,12,3日経)遠藤尚スキーモーグル

「嫌でも忘れないほど」ジャンプの感覚を体に染み込ませた。

「純粋でいちずな目をしている」当時の池田靖コーチ。

 

おんや、止まってゐるよ

 

止まってゐる

どうしたんだらう

動かないよ

眠ってゐるんだらうか

あんなとこで

下りて来る気ィはないんだらうか

 

あゝ、いい気持ちだ

 

ほんたうに気持ちがいい

眠ってゐるんだ、ぼくは

それにしても

浮かんでゐる、

浮かんでゐる、

こんなにリラックスして心が休まるなんて

まったくぼくは、どうかしてゐる

 

100万分の1秒の静寂サ

 

全身全霊で

そして、次を待ってゐる

しかし私以外のこの静けさは何だらう

わたし自身では心臓がどっくんどっくん、波打ってゐる

 

“せぬ隙(ひま)”では

 

「隙々に 心を捨てずして 用心をもつ内心なり 

この内心の感 外に匂ひて面白きなり」

とぞ───

 

宇宙はみんな完璧につながるんだ

 

風が微かに戦いだ

喚声が聞こへ

ようやくぼくは下りてゆく準備が出来た



■(13,12,8日経)

高梨沙羅、初戦V リレハンメル、ジャンプ女子。

高梨の1回目のジャンプ=共同

 

倉石智證

 






連続する内心の感───

世阿弥の代表的な能楽論『花鏡』に、「せぬ隙(ひま)」の一節がみえる。

舞を舞いやむ隙、音曲を謡いやむところ。

「隙々に 心を捨てずして 用心をもつ内心なり 

この内心の感 外に匂ひて面白きなり」

と世阿弥はいう。

例えば「鹿威(ししおど)し」の次の音を待つ内心の、

心をそこに向けた時から、

それは重く大きな宇宙のような空間として存在を現す。

(藤田六郎兵衛・能楽笛方13,12/9日経)