をのをの方

と云ったら、みんな笑った


アイソンが太陽の周縁で消へた

イカルスだったんだって

身もだえて、

とほいとほいところからそれこそ彗星となってやって来たものを

なんかもう呆気ないものなんだね


ソマリアでは喰いつめて銃をぶっ放す

砂漠にはスコルビオンしかゐないよ

しかし、

なんであんなところにハイヒールを置いて来たんだらう


をのをの方

と云ったら、やがて

雪がちらちら降って来た

まだ16にもならないのに死ぬんだね

アイソンは思いっ切り美しくなって最後につっ込んで行った

長い長い尾を曳いて

ほんたうに呆気なく


倉石智證

大石主税(ちから1688-1703)

元禄元年生まれ。大石良雄の長男。

播磨(はりま)(兵庫県)赤穂(あこう)四十七士のひとり。

元禄14年藩主浅野長矩(ながのり)切腹後に元服。

吉良邸討ち入りの際は裏門攻め入りの隊長をつとめた。

事件後,伊予(いよ)松山藩松平家にあずけられ,

元禄16年2月4日切腹。16歳。