これは飯を炊くお釜です。
昭和25年6月に福井から上京した時、
布団と、こうもり傘と一緒に、このお釜を持って来ました。
勿論、飯を炊くためでした。
でも、別の意味がありました。
「食うために頑張ろう」です。
(絵を描くためな食うのか、飯を食うために絵を描くのか)
・・・はじめちょろちょろなかぱっぱ───
今の若い方たちは知らない。
おかあさん
て云ふたら
お釜が夢に飛んで行った
むかしむかし、おおむかしに
あるお倉から米俵が都の方に飛んで行ったのに似てゐる
貧しかったね、あの頃
と云ったら
お箸が二本立てられ
蜻蛉が泊まった
ワッセ、ワッセ
祭り太鼓だ
いいじゃない、すいとんだって
卵を入れれば少し黄ばんで
あゝ、ゴールデン
しかし、それにもまして
あゝ、ゴールデン
飛び倉の蔵の
あゝ、妙に胸騒ぎがする
あの頃
不図すると、おかあさんと呼んでも
台所に誰もいなくて
飛び倉
貧しかったね
お釜も、米俵も米櫃も
ほんたうにひすばって
倉石智證
