(13,9/13日経)
松岡將(すすむ)さんの父に対する随想
「父親回来了(フーチンホエライラ=父さんが帰った)」を読んで───。
母は私の大きな部分をつくってゐる
一方、父が家に帰って来ると安心する
家に灯りを点けて
竈に火を熾すのは母だ
しかし、なにかにつけて子の頭に厳しい拳骨を振るうのは父で
庇う母を折檻するのも父だ
父が遠くの寄り合いに出掛けたりする
心配になるとだれかれとなく神棚のお水を取り換えたりする
夕暮れて来て夕食の時間になっても帰って来ない
寄り合いは川向かうで広い河原の木橋を渡って
向かうの土手に出ると
田圃や畑のずっと向うにさみしい村の明かりが見える
迎えに行って来いと云はれたものだが
水色のペンキの剥げた水難小屋のたもとで
私自身も途方に暮れて闇に溶け入る
やがて低い胴間声で父が歌うのが聞こえ
暗がりの細い田圃の中の道から父が揺らめき現われる
ご機嫌に酔ってゐるというわけだ
手をつないだかどうかは覚えていないが
河原の中の木橋を渡るときは
足元の水音がどっと迫って来て
私はほっと安心したのかどうか
泣きだしさうになった
父のあったかい大きな手が頭の上にあった
倉石智證
父親は専制君主で、
母親は限りなくやさしい。
でも、一家に居ないと不安になり、
帰って来ると、安心するのだった。