「亭主の好きな赤烏帽子」
■政府がついに乗り出す=470億円

終戦後米軍機が上空から撮った写真には山から海に流れる川が、

ちょうど福島原発の土地を通っていた、と云ふ事実が。


僕らは神話にはたどり着けないから

怠惰には、怠惰だ

頬杖を突く

無精に風が吹く

妻は鍋をかけたまゝ出掛けて行っちまったから

中世の時間では多分明日になるだらう


怠惰には怠惰だから

お肉といふお肉がぜんぶ

やはらかくなって仕舞ふ

あの場所ではすべてが瓦礫がりゃく

眼路がんろ続く限り神話の舞台になった

しゅは海辺から山辺にかけて抛られたままだ

それらはまんべんなく立ちあがってくる

すべてのものに眼があって

苦しげな哀訴が地に波打ってくる

そこでうちの牛はまだらダ

と云ってみたって誰も信用しない

その内にお肉が全部やはらかくなってしまふ

ずいぶんまへになるが田圃に溶けだしちまったものもある


鍋をかけたまま出掛けるなよ

眼をあけたまま寝るんじゃないよ

横を縦にするなよ

稲に禾のぎがあって

黄金色に稲穂が実り

平地人、と呼びかける


すべてが地に深く閉じ込められたとしても

ふつふつと実はみなは片時も休みない

地下に水が浸み出してきた

山の方から海へ

かってそこに川が流れていた

地下の水脈が縦横に岸辺を作り

地下に池水を作ってしまった

そして今やそこに五月蠅さばえなす神が棲む

おーい、巫山戯んなよ

焼けたトタン板がヘシ曲がる

神様も悪さをすると云ふんだ

水は、汲みだしても汲みだしても切りがない


東京から離れ、

それも文明の宿痾の真中にゐる

はだらの牛は何頭になった

残ったものはおっぱいがちゃんと出るやうになったのか

みんななに呑んでんだ

妻は出掛けたまんまだし

おーい、と呼びかけてみる

人間に見放された土地がずっと広がり続く

莫迦げたことだ

まずアライグマかなんかが

その内に熊でもなんでも棲むやうになるさ

それこそほんたうにカムイユカラだ

神話が完成する

トリチウムのことは知らない

なにしろ眼に見えないことは分からないのだから

肉がスープに溶けはじめる

妻がやうやく帰って来る


倉石智證


「亭主の好きな赤烏帽子」
■(原発13,9,8日経)

トリチウム(三重水素)は水素の放射性同位体で、

原子核は陽子1つと中性子2つからなる。

半減期は約12年で、ベータ線を出しながらヘリウムに変わる。

この放射線はエネルギーが低く、皮膚や厚紙などを通過することはできない。

水の水素に置き換わって水分子のなかに

→水と同じ挙動をとるため、体内に取り込んだとしても新陳代謝で排出される。


α崩壊はヘリウムを放出。

β崩壊はe⁻が飛び出る

γ崩壊は強力な電磁波が。セシウムはこれ。一番人体には破壊力がある。


「アルプス」と呼ぶ放射性物質の新しい除去装置で汚染水を浄化し、

海に流すのが「唯一の抜本策」(政府関係者)。

何種類もの特殊な吸着材を通しながら62種類の放射性物質を除去していく。

ただ、トリチウムはどうしても取り除けない。

水の分子に取り込まれる形で存在するからだ。