「亭主の好きな赤烏帽子」
■(13,9,8日経)

写真はシリア北東部で13年6月撮影。


go ahead !

しばらくは鼠のやうに疾しる


ぼくはこのくらいのとき肥桶を担いだ

だが天秤棒で兄貴と一緒にだった

僕らはお天道さんの下でよろけて肥桶を被ったりしたが

それは二人して笑へるていどだった

鉈や鋸や鶴嘴や鑿や金槌を持ったことはあるが

ついぞ鉄砲は持ったことはなかった

近所に冬の雪のシーズンになると雀や鴨を撃つ人がゐたが

あれは空気銃だ

鉛の弾は当たるとひしゃげる

雀はよく焼けると骨までパリパリして旨い


go ahead !

しかし泣くわけにはいかない

伯父さんが殺られ

とーさんが殺られ

兄さんも持って行かれた

学校なんか行くどころじゃない

おい、そっちじゃない

と云われてももうどっちか分からない

友達や学校どころじゃないんだ


殺り方は分かってゐるから

云われた方角に走る

弾寞のなかにしゃがみ込むと

耳の中で鳴いていた虫がしーんと静まりかへる

世界中が静まりかへり眼を固くつむってゐると背後から

go ahead ! と大声がする

僕はもう考えなしに野鼠のやうにまた走り出す


倉石智證