今日の不在を必ず告げなくてはならない
さうしないと宅急便が来るから
うっかりトイレをしてゐると窓の下を
婆さんが腰をかがめて歩いてゆく
白い鬢や目元の皺や齢の割には鮮やかな口紅などだ
エレベータールームからまた戻って来るが
私には気が付かない様子でそのまゝ通り過ぎる
だがそれとは別にけふの不在を必ず告げなくてはならない
低気圧がやって来るからだ
林檎やトマトや小麦粉まで値段が上がってゆく
でも、不在を告げておきさへすれば
妻も安心して買い物に出掛けられるだらう
安心してスーパーで品選びが出来る
手にとって下から眺め、
ためつすがめつ
棚にまた戻したり
携帯で娘にTELして他愛もない話をする
その間に───
私は私の不在を告げて茹で卵の気分になろうとする
私は私の不在を思い切って告げて
五線譜を思い描こうとする
むろん静かな水の水脈の下にもぐってゐてもいいのだ
むろん、熟した桃の気分も素敵だと思ふ
心底愛国者になりたいと思ふ
なによりもユーモアを解したい
さうして机の前に座って
私の不在に向かって私の少しの心配を話しかける
不在が振り向いて笑ふ
いや、すでに低気圧だ
湿舌が私の緊張した躰を舐め取って
あゝ、妙にふるふるして
あゝ、私が居ないとなるとせいせいして
低気圧も宅急便もみな私の不在の上を通り過ぎてゆくものを
人格が足りない所為か
やすやすとつかまって
ごめん下さい、ピンポーンとは来るし
ばあさまは窓から覗いてゆくし
そしたら妻が、只今ぁ、と云って
勝ち誇っやうに買い物袋を提げて
汗びっしょりになって玄関に帰って来る
倉石智證