妻は市場に出掛けた

白い作業着の店員さんの威勢のいい掛け声

ショーケースにはキラキラしたお魚さんが並ぶ

お魚さんの眼がみな一斉にこっちを見る

中でも立派なカワハギが妻にウィンクをした

「100円でいいよ」、

と店員さんは云ふ

カワハギはチェッと舌打ちをした


背に包丁を入れるとするっと皮が剥がれる

ゾロッと卵が出て来た

梅雨をいっぱいのんでカワハギは肥えた

海の中でカワハギの眼はいつだって

真摯に海の碧と

水の上の空の青を見てゐた

まな板の上の唇はおちょぼ口

何か声に出そうとしたがうまくいかない


mercado、mercado

声に出して云ふ市場の賑わい

皮を剥がれたハリセンボンはだれかいい人にもらわれて行っただらうか

眸はつぶらで海の中の一点を見つめてゐる

でも、唇はおちょぼ口でどうもうまく云へない

真実を云おうとすると

かきくけこはガギグゲゴに

あいうえおはザジズデドに

泡ばかりが水玉に上へと上がってゆく


梅雨をいっぱいのんでまるまると肥へて

つるんと剥かれて、まな板の上に

尻尾を摘まゝれて

煮つけにしやうかしらと、

妻は誇らしげに宣言した


倉石智證