「亭主の好きな赤烏帽子」

五月の風は人々を貴族のやうにする

長い土手をゆく老夫婦

とりとめもなく

小川は陽の光りをのせてさやさやとゆき

若者たちは陽の光りを踏みしめる、その踵の

赤ん坊はすやと眠り

あゝ、たしかに神さまのしろしめす


空に皐月風が水色の空を流し、うるみゆく

山の麓に霞立ち

岩魚の背に斑点のうかみゆき

釣り人の岸に

いをの水を滴らせて長い放物線が光る


山村の酒旗、たしかにはためき

手招きする、酔へと

たからかに天にかざし

杯を干し、腕を組み、掌を打つ

なんの用もなけれど

笑ひさざめき

赤ん坊はすやと眠り


あゝ、われらもこの広い野辺のゆるらかな起伏に

我を放擲する

ゆけと、

誇らしやかに

肺いっぱいに緑風をふくらませて

しめやかに、五月の風を


倉石智證

萩原朔太郎 『月に吠える』


五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする。

したたる空色の窓の下で、

私の 愛する女と共に純銀の ふおぅくを動かしたい。

私の生活にもいつかは一度、

あの空に 光る、

雲雀料理の愛の皿を盗んで食べたい。