キャベツを詩にしやうとして、まずその一枚を毟って食べた
雀か鶏の気分になった
翔んではゆけない
青虫になる
葉の裏に隠れ、もくもくと食べる
キャベツが届いた
どっしりとテーブルの上に在る
そのきっちりと詰まった存在を静かに主張しやうとする
むかし男がありて
キャベツを齧り
モーツアルトの悲しみを静かにのべた
一人静かに隣の部屋で
ひっそりと、しかし、確かにキャベツの真中に
裸電球に凹む光りをスプーンにそのまゝ
真っ直ぐに突き立て
牛乳瓶の底のやうな眼鏡のレンズの奥で
もはや点のやうになった男の黒眼が
静かに笑った
何が悲しいかと云へば
この青虫のことだ
何が頼もしいかと云へば
そして、このキャベツとその存在と
あゝ、その牛乳瓶の底のやうな眼鏡と
その奥の笑ふ点のやうな黒眼が物語る古いお話の
聞こえて来る
ススメ、ススメ兵隊サン、ススメ
部屋中を黒い布で目張りして
燈火管制の下、男は裸電球の下に腕組みをして佇つ
鋭いサイレンの音が闇夜を貫いてゆく
骨と皮ばかりになって
未だ食べられるうちはいいが
スプーンを突き刺すと
男の目から涙が静かに溢れた
青虫は蝶になる
男の頭上を音もなく翔び交ふ
男は未だ世界が平和になることを知らない
倉石智證