右の手をもてゆけば

すべては右手になる

左手をもてさらにゆけば

左手にも希望や光りがある

ephemeral

春先に、そしてその後に

すべて消えてなくなってしまうとは

今にして少しは分かるのだ


母の母なる人は掌に塩を

コメのコメなるを両手で握る

母は田に出て忙しく

まとわりつく小姑も、未だ暗い梁の下に居るものだから

塩むすびをもって、

わたしは母のゐる田に出る


母は、と云へば

振り返ってやさしく笑ふばかりで

いろんなことで痕跡を残さないやうに普段は振る舞ひ

父の父なる人は母を庇うやうな素振りをするが

みんながそのやうにして

李や、葡萄畑や、田圃で働くうちに一緒に齢老いた

やがて小姑たちも一人ずつ片付いてゆくと


新しいコメに新しい海苔を

それって、不思議だらうか

お母さんは手に、水を叩く

幸せや感動のやうなものが

一緒くたにやって来て

わたしも他の兄弟たちも舞いあがる

この黒い、変哲もない海苔のことだ


いつも腹をすかしていたが

でも、ひもじいといふことはなかった

海苔の上に炊きたてのご飯を滴らせ

積み上げて

両の手になるお結びを母ははいよと差し出す

遠い昔にコクゾウムシが米櫃に騒ぎだす

米櫃にそれでも白い精米が無くなってゆくと

子供心にも少し焦った


母の母なるものたちが去って

父の父たるものたちが去って

あらかたが目の前から消えてゆき

あゝ、さみしくなったなと

こうやって田表に出ると

無心に広がる春の野辺の

水の匂ひもくぐもり

あの見渡すかぎりの境界まで

春の野にはそれこそ数え切れないほどのephemeralが

或る時は一生懸命地下茎に栄養を蓄えて

でも、それこそこれっぽっちの痕跡も残すことなく

跡形もなくきえてしまふとは・・・


倉石智證

「つかのまの」「はかない」

春のうちに養分を地下茎にため込み、

初夏には地上から跡形もなく消えてしまうスプリング・エフェメラル(Spring ephemeral)

「 春の儚いもの」「春の短い命」というような意味で、

「春の妖精」とも呼ばれる。

ニリンソウ、

カタクリ

・・・・・・