小塚原、荒川の千住大橋の上で小雪まじりの中を

筵の上に老の番いの夫婦が荒縄にて互いを結び・・・

かっての御書院番士の朋輩が一家の貧極まりて旗本株を売り渡す次第に、

あくどい高利貸の札差に、身ぐるみはがされて路頭に迷うことになった。

妻は禿かむろ頭に、彼の百日鬘かずらの髷まげに無情の雪、降りかかる。


禿かぶろ頭に雪が降る

おおやれほー

あはれあはれ肩にしずくよ

雪、こうこうと空に向かひ

両手を差し出して小さき手に

雪の片ひらを掬ふ


あゝ、皸あかぎれ

赤いべべ着て

繋がれ乞食

おまへが何処にもいかないやうにと

赤い紐にて身を結ぶ

気がふれて

あゝ、あんたに、ここに、ゐて欲しいのよ


春も、秋も、冬も

馴れぬ仕草でものを請う

雪や請う請う雪やこう

ゆきこうこうと四囲をふさぎ

黒と白とに分かれゆく


たぶれ、たぶれ心に雪のまじりて

ほれ、おまへはもうどこにも行くな

紐を少し緩めてやらう

ほうやれほー

かなしくて、あはれあはれ

赤いベベの雪の中で

着物ほどけてまへの

素足の冷たきに

それでも汝、まだ

ね去ねと

のたまふか


倉石智證

“泣かせ”の浅田次郎氏、

筆、いよいよ冴えて真骨頂が。


(webより)

たぶれ‐ごころ【狂心】-日本国語大辞典〔名〕くるった心。常軌を逸した心。

日本書紀〔720〕斉明二年是歳(北野本訓)

「時の人謗(そし)りて曰はく、狂心(タフレここロ)の渠(みそ)、

功夫(ひとちから)を損(おと)し費すこと三万余」

■日本書紀は舎人親王らの撰で、養老4年(720年)に完成した。