わたしは「私」にもうあきあきしてゐる
とは、山本兼一さんが云ったことだ
わたしはもう「私」にうんざりしてゐる
えゝ、えゝ・・・もう、じれったい
蛇を踏む
蛇、衣を脱ぐ
透明な蛻の殻を
山小屋のドアの取っ手に掛ける
爽やかな風がさぁッと吹いてゆく
蛇、衣を脱ぐ
わたしは「私」を脱いでみる
そして、私の蛻の殻をそっと畳の上に置いてみる
なんだかふわふわしてゐる
なんだかスッと軽くなった
あゝ、なんだか妙に胸騒ぎがする
顔がない
「私」と云ふ名前が無い
びっくりしてうろうろして探してみる
するとわたくしと云ふ「私」が
座敷の柱にかかってゐた
無印良品、とあった
なんだか清々した
玄関から思い切って踏みだすとき
賢知に満ちた蛇のやうな気分になって
なんだか心の中がわくわくして来た
倉石智證
(山本兼一・作家「自分探しから他人探しへ」12,12/5日経)
早々に就職活動に見切りをつけたわたしはアルバイトに精を出し、
卒業と同時にユーラシア大陸の旅に出た。
しかし、それも自分探しの旅であった。
長い旅をすれば本当の自分が見つかるかもしれない。
見つからないまでも、自分を取り巻いている状況が変わるだろう――。
そう考えての旅だった。
一年後に帰ってきたが、本当の自分など見つからなかったし、
状況はなにも変わっていなかった。
でも、それでやっと気がついた。
本当の自分なんて、どこにもいやしない。
ここにいるこの自分と、生涯、なんとか付き合っていくしかないのだと、
ようやく得心した。