「亭主の好きな赤烏帽子」

■1944ポール・デルヴォー「夜明け」夢を巡る旅

真夜中の1本の木に水をあげる

それは自分に水をあげるやうに

手元に置いた小さな木に水をあげる

私が喉が渇くのは

きっと私が生きているからだ


水を透明なコップに少しだけ分けて入れて

さらさらとさらさらと緑の木の真上から注ぐ

真緑はさらに真緑になった

蛍光灯の下でこやつは一体何を考えてゐるのだらう

真夜近くになっても私がまだ眠らないものだから

蛍光灯のま明かりの下で

こやつもきっと起きてゐる


私が喉が渇いたのは私の多分個人的なせいで

それを世の中の全般にしてはいけない

真夜更けての蛍光灯の灯りの下にひとりぽつんとゐる植木を見る

つい、起きているのかとか、と声をかけ

眠れないのか、とか声をかける

勝手なことを云って

けふもまたついつい水をあげてしまった


私がそれでも眠くなるころには

こ奴もきっとねむくなるのだらうか

さうだとほんたうにいいのだが

わたしがうとうとしはじめ

私はとうとう灯りを消して

私が眠りについて夢を見はじめるころ

この緑の木もきっと夢を見はじめる


倉石智證