煙りを追ふと煙りは逃げてゆく
わたしが逃げると煙りは追いかけて来る
懐かしい田の匂ひだ
籾や藁くずを燃やす
青い煙がたなびいてゆく
見知らぬ農夫に挨拶を交わし
ミゾソバのせぎを渡る
山の麓のあちこちの田圃からは
白い煙や、蒼い煙りがたなびき
鼻面の先をいくへにも霞みたなびき
あたりは急にひっそり冷へて来て
なんだかは鼻の奥がつんつんして来る
山葡萄の実は見かけたか
リスの黒い深い眼は太い樹の幹の裏に
田の煙りは未だ私を背に追いかけ
残り蝶が私の脇を掠める
この歩くわたしの肩の上に
大きく広がる秋の高い空があって
眼には見えないが
確かに天のものなるなにかがふわり、と落ちてくる
村のはずれの境界に出れば確かに云われた通りの祠があって
そこで男が待っている
石の鳥居に手をついて
何か二言三言、話をする
今年は熊は出たんだらうか
去年は3頭も4頭も出たんだが、今年は見かけない
あんまりにも恩着せがましくぶっきらぼうに云うので
そんなことはウソだ
と云ふと
あいつは急によそよそしくなって
私に背を向けるとどんどん山の方に歩いて行ってしまった
倉石智證