赤い花なら曼珠沙華
ぬしゃどこへゆく
どこにゐる
赤いべべ着て曼珠沙華
家なく三界に
砧打つ
人哀します恋をして
柴垣に葛かずらが這ひ
人のタズキも隠しぬる
忘れられ、忘れさせ
仲間外れに、通せんぼ
村のはずれに人去りて
夕焼けかへる幼子の
くやしくて
棒振りて
赤い花野に踊り入り
赤い花なら曼珠沙華
ぬしゃどこへゆく
どこにゐる
棒振りて
花の小首を打落とす
楼に上がる
打かけの赤く襦袢の
翻る、白粉の白く悲しく
苦界に
ネエサンがあんなところへ行ったから
ぼくは彼岸花の全部の首を打落とすよ
全部まとめて川に流す
ザネリはそのことを知ってゐる
赤い花なら曼珠沙華
三味を片手に恐山
地蔵にかかるよだれかけ
寺山修二かくれんぼ
かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭
あゝ、日ひの本の曼珠沙華
9/2日は風の盆
寂しき者の夜通しに
スゲの笠には赤い唇
きりりと締めた股引の
闇に手、止まる
その形、眼と眼が合ひてそのままに
固く結んだお指とは
ああ道行きの曼珠沙華
おわら・・・
きりもなや、きりもなや、街に流れて
倉石智證
風の盆から恐山、
水上勉、高倉健、寺山修司、唐十郎が入り混じって、
日本全国津々浦々、辺境に追いやられたまつろはぬ人々や、その末裔、
赤い花なら曼珠沙華、
阿弖流為あてるゐ・・・鬼の恋。
いたるところの鬼のかくれんぼ、
オニは解かれざるまま老いて、誰も探しに来ない村祭り。
鬼は封じられ、スカイツリーやテーマパークがその上にどっしりと建つ。
1960年代から70年代初め、
不可触難民やら、集団就職やら、カクマルやら、浅間山荘まで、
日本全国、都市に農村が花開いたのだ。
「もういーかい」
「まーだだよ」
福島泰樹の寺山修司へのオマージュ。
「青空にトレンチコートはばたけよ 寺山修司さびしきかもめ」
と詠んだ。