民主主義が混迷している。

泥濘に足を取られ、ゆき悩んでいる。

米国ではロムニーさんがイラク戦争を支持し、軍備の増強を唱える。

シリアでは「アメリカはどこにゐるんだ」と、

中国には強硬姿勢でと。

レーガノミックス、減税と、規制緩和(小さな政府・自己責任)、と強いアメリカ、

ということらしい。

あのころは社会生産効率の低下で衰退の一途をたどっていたソ連に対しては、

見事“チキンレース”では優位に立ったが、

2020年代には総GDPでは米国を抜き去ると云われている、

昇竜の中国に対して、このシーソーゲームをうまく手じまえるかどうか。

ベトナム戦争が結局「ニクソンショック」に行きついたことをもう忘れてゐる。

「9.11」以後アフガン侵攻、イラク戦争へ、

結局クリントン政権が稼いで貯めた黒字も、ブッシュ減税や、戦費で食いつぶし、

財政赤字と経常収支赤字へと、リーマン・ショックへの遠因になったことは明らかだ。

戦争をするには内側に向かっていい顔をせざるを得ない。

サブプライムの人たちに「住宅が持てるよ」アメリカンドリームを、

あれらは福音のやうに耳に心地よく聞こえたものだ。


民主主義は手間がかかる。

コストがかかる上に政治のスピードはたえず市場のスピードについていけず、

尻尾が実態を自己振動させるほどの不具合がいたるところで生じることに、

EUがまさにその渦中で、やっと物事が決まったと思ったら、

市場がその先で賽の河原の石積みを突き崩し始める。

北欧と南欧では、むろん気候、風土が違い、

それによる国民の気質も違う。

それらが個々の国の民主主義の生い立ちの違いにも結び付き、

その違いがお互いの間に祖語や、軋轢を生んでいる。

議会では結局“数”ということになり、

しかし、政局とは無関係な所にいるスーパーマリオ、イタリアのモンティ首相は

直近では10年債利回りを5%台に落とし込んだ。


日本は総裁選になった。

自民党が選挙ではおそらく優位に立つ。

次期首相がそこで選ばれることになるのだ。


「亭主の好きな赤烏帽子」

(政局12,9,6)

自民党総裁選…こんなことで次期首相が決まってしまうだなんて、

なんだか気持が悪くなってがっかりしてしまう。

■古賀さんはご存じのとおり靖国の親分。

■森元首相ははITを“It”と云った御仁。

イルクーツクではプーチンとちょっとの知りあいか。

■谷垣現総裁は「三党合意」は私がと。

つまり、社会保障と税の一体改革のことである。

■石原は党内一のゴマすり男だと皆に云われている。

言葉は反射神経的な才能の持ち主でもあるが、哲学や重みが感じられない。

■石破さんや安倍元首相は集団的自衛権、靖国、尖閣のことで盛り上がってゐるらしい。

■町村元外相は「数少ないチャンス」と、まったく私利混同。

■林さんはTVにはちょくちょく。経済通ではあるらしいが、庶民に分かりやすい一針一徹がない。


総じて云へば“売上”のことを真剣に論じる人たちがいないのである。

自民党と云へば“失われた20年”の元凶をもたらしてくれた政党であることは間違いない。

1990,3橋本大蔵大臣が総量規制の通達を、急激な金融引き締めにより、バブルははじけ、

日本はバランスシート不況の真っただ中に墜落して行った。

土地は暴落、莫大な不良債権が生まれ、1650兆円が消え、景気はすっかり冷え込み、

今も日本経済を苦しめている。


「売上」や「利益」や「経営指標」を持たないただの権威主義の経済オンチ大臣は、

“平成の鬼平”こと三重野日銀総裁とともに日本経済に急ブレーキを踏みこんだのだ。

これとは逆に“マエストロ”グリーン・スパンは米国のITバブルの崩壊の後は、

急激に何回にもわたってFF金利を下げ続けた。

逆である。

危機がそこに訪れようとしているときには緩やかにブレーキを踏むものだ。

そして、それから不況に先だって急激に金融緩和を急ぐ。

急ブレーキのことと云へば、今回の原発停止「ゼロ」についても同じことが云える。


誰も、真剣に「売上」のことを云わない。

成長、だなんて、漠然とした抽象論ではだめなのだ。

「It’s the economy,stupid」

(問題は経済なんですよ、分かってませんね)

1992年の米大統領選で、民主党のクリントン候補は父ブッシュ大統領をこんな言葉で攻撃した。


1992年の米大統領選挙でクリントン候補が

「経済こそがすべてだ」

をスローガンに掲げたのは有名な話だ。

世界の盟主として米大統領の演説は、まず国際的な課題を取り上げるのが通例だが、

クリントンは翌年の就任演説も米国経済の活性化から始めた。

巨大な財政赤字と失業に見舞われていたクリントン政権が

まず取り組んだ最重要テーマは、

財政赤字削減に向けての具体的プログラムを策定することだった。

■クリントン政権は、財政赤字を放置すると、

金融市場の混乱を通じて(信用収縮)金融危機を招来し、

国民の雇用を守れなくなるという論理で議会を説得し、

増税及び歳出削減を実現させた。

(一直「大機小機」10,6/5日経)


歳入欠陥=国債は将来世代から現役世代への所得移転。

(国債=)政府が疑われる時、市場はいっせいにリスク回避になびく。

(編集委員 小平龍四郎11,8/23日経)


稼ぐ、稼ぐ、稼ぐ───


「亭主の好きな赤烏帽子」
日中韓首脳会談が終了直後、

李明博大統領はミャンマーに飛んだ。

(2012,5,15日経)

韓国、ミャンマーに接近 李明博大統領、29年ぶり(電撃)訪問。

進出競争巻き返し。経済外交にかける李大統領の意欲。

CEOとしてのトップセールス

14日、テイン・セイン大統領(左)とあいさつする韓国の李明博大統領(ネピドー)=聯合・共同

●韓国は新興国への素早い投資でビジネスの地歩を固めて来た

■1983,10ラングーン事件。


韓国は「外務省」ではなく「外交通商部」である。

外交とは“お商売”のことであるとの概念。

韓国では「経産省」ではなく「知識経済部」、

経済も、それも知財を念頭に置いてゐる。

稼ぐ、という心構えが違っているのである。

なみなみならぬ意欲は竹島だけではなく、経済でも、

FTA=38%のカバー率(日本は=18%)、

経済領土では世界一と大統領が豪語するだけのことではあるのだ。


一党独裁の社会主義資本経済の中国はさておいておいて、

同じ韓米同盟、同じ日米同盟でも、

どうしてこのやうな差の開きが出てくるのだらう。

日本は米国に余りにもオモネテい過ぎたのではなかったか。


「亭主の好きな赤烏帽子」

(2012,5,15日経)

韓国李大統領の経済外交トップセールス。

ポスコは鋼板工場を1999年に稼働させており、

鄭俊陽(チョン・ジュンヤン)会長が国軍系の企業集団、

ミャンマー連邦経済持ち株会社(UMEHL)とのパイプを持つ。

89年から11年までで

・累計29億ドルと中国、タイ、香港に次ぐ4位にとどまる。

・2億ドル強で12位の日本を引き離すが。

離されたのはロンドン金メダルだけではなかった。


竹島の場合でもさうだが、

領土では「先占」(実効支配のやうな)、「戦勝」、「譲渡」などが決め手の様子、

商売でももちろん“アーリーエントリー”が有効なことは云うまでもない。

幸い日本はタイランドと仲良くしている歴史があるので、

タイの企業と組んでミャンマーに資本投下できる可能性も大であるとのことではあるが、

しかし、液晶も、自動車も、原発まで、ゆく先々で韓国に商売を取られている始末も事実である。


外務大臣も日本になんかいないで欲しい。

営業は外回りに決まってゐるのだ。

かって池田勇人首相は世界にトランジスターを売って歩いていて、

仏のドゴールに“トランジスタ・セールスマン”と揶揄されたものだ。

1960年代のはじめの頃のことである。

みんな必死だった。


「亭主の好きな赤烏帽子」
(12,8,31日経)

メルケル首相は通算6度目の訪中、今年は2回目

中国の温家宝首相は30日、北京でドイツのメルケル首相と会談後に記者会見

「中国はリスクを十分にコントロールしながら、ユーロ圏の国債市場に投資を続ける」

中国は欧州航空機大手エアバスから

旅客機50機を総額35億ドル(約2750億円)で調達する契約にも調印。

債務危機からの脱却を目指す欧州を支援する姿勢を鮮明に

■シーメンスとフォルクスワーゲンのトップを含め、100人以上の独企業幹部が同行
EU危機で、あんなにも大変な最中でも、

片方の手ではソロバンを決して忘れていない。

飛行機のことで思い出したが、


「亭主の好きな赤烏帽子」

自衛隊の次期主力戦闘機F35、である。

1機、なにしろ=154億円。

そして、新聞には───


「亭主の好きな赤烏帽子」

(教育12,9,6日経)

大学(大学生、大学院生)留学費 

1万人援助(12年度に比べ7割増の53億円)の予算を計上。

一方、防衛省は

=ステルス性F35次期戦闘機=154億円×2機分予算計上

■13年度の支援対象は、今年度より約1500人多い1万300人。

このうち1年以上の長期留学を1.5倍の300人、

1年未満の短期留学を16%増の1万人にする。

長期留学は月14万8千~8万9千円、短期留学は月8万円が支給される。

仮に、(154×2)/1万人=3080,000円、だとして

つまり、ステルス2機の予算で、

1万人の有為な学生に年間一人=308万円の支給が可能になるということだ。

ぼくがこんなことを書くのも以下のことを念頭に置いてでのことであるが───


「亭主の好きな赤烏帽子」

多い時で=60兆円を超えていた(米国以外の世界中が束になっても及ばない国防費である)。

中東戦争を始めてからすでにオバマさんが就任するころで90兆円くらい損耗していたというから驚く。


「亭主の好きな赤烏帽子」

およそ、=8兆円と云われているが、公式には含まれないものが多いとされる。

1982年のころに比べるとざっと=38倍になるんださうだ。

日本の国防予算はおおよそ=4.7兆円。


「亭主の好きな赤烏帽子」
人間の体の中の生体防御システム(免疫)では、

・体液性免疫(多くの抗体が協力して抗原をがんじがらめに)

・細胞性免疫(体当たりで相手を喰っちまうか、自爆して道連れに)

前者は安全保障でも「条約派」で多くの国との連携によってたとえば中国を念頭にではあるが・・・

後者「軍事力、同盟、集団的自衛権」は

ロムニーさんとか、安倍ちゃんとか、石破ちゃんになるのだらうか。


「亭主の好きな赤烏帽子」

さて、税の構造で云えば

法人税は→企業の設備投資

個人所得税は→可処分所得→消費や健康や余暇に

ステルス2機は、政府支出になる。


話は少し迂回するがこの公理は前にも書いたことだが国の生産性を概念化するのには便利だ。

分配面から見た

「国民総生産(GNP)=消費+貯蓄」の公式から、

支出面から見た

「GNP=消費+投資+純輸出+海外からの要素所得」、つまり───

★「貯蓄―投資=経常収支」が導かれる。


「国民総所得=税金+民間消費+民間貯蓄」が成り立つ。

他方、支出面に注目すると

「国民総所得=民間消費+民間国内投資+政府支出+経常収支」も成立する。

両式を等号で結び、

「民間貯蓄―民間国内投資」を貯蓄超過、

「税金―政府支出」を財政収支と定義すれば、

(イ)民間部門(民間貯蓄-民間投資)+政府部門(税金-政府支出)=経常収支

(ロ)(民間部門)⇔【金融】⇔(政府部門)=経常収支

が導かれる。

EUでは【金融セクター】が(政府ソブリン)の面倒を見ていたが、

【金融部門】のレバレッジによる不良債権が半端じゃない金額になって、こんどは

(政府部門)が【金融部門】に財政支出をする段になって、

とてもじゃないが予算(税金)が足りなくなった。


【金融部門】は日銀も含めて政府と民間の両方に関わってゐる。

金融とはあるところから(Saving)から→ないところへ(Investment)へマネーを融通することである。

バンカーは情報者でもあり、実体経済において淘汰と、新結合、成長を促す。

米国やシティーは強欲さゆえにその決まりごとを破った。


GDPは国民があらゆるところであらゆる部門、諸段階で産み出したところの付加価値を、

すべて足し合わせたものであるが、

単純化すると売り上げからコストを差し引いたものである。


簡単にするため海外部門を無視すれば、財市場の均衡条件は、

(ハ)総生産=消費+投資+政府支出で与えられる。

伝統的ケインズモデルは需要決定型であるために、

右辺の需要項目が増えれば、それに伴い左辺の総生産も増える。

総供給(総生産) = 国民所得、のことである。

政府支出が1単位増えれば、総生産も1単位増えることになる。

また、可処分所得が増えた分、消費を増やし、

乗数効果を伴って総生産を押し上げていく。

伝統的ケインズモデルにおいては、政府支出乗数は基本的に1を超える。


GDP=(資本・労働・全要素生産性(TFP))などによって発現できる。

潜在力(人口動態や労働力や金融セクターの健全性など)がまだ保全されているならば、

財政出動や金融によって生産性を上げる余地はあるとする。

資本は有形資産や、無形資産へと投入される。

有形資産はたとえば工場設備などだが、

若いころの恋愛体験などはたとえばその個人の無形資産になる。

大きい力を発揮するのは時に、不可知の後者による場合も、特にリーダーにはそれが発揮される。

労働はむろん質と、投入量と、投入時間による。

資本装備と横断知によって生産性は上がることになる。

TFPは組織力や、ブランド力や、資本・労働に含まれない他のすべての要素になる。


宮沢政権以降小渕、森内閣までは明らかに

伝統的ケインズモデルにのっとってデフレギャップを政府支出乗数効果で穴埋め、

乗り切ろうとした。

(ロ)の【金融部門】セクターが不良債権で完全にマヒしているにもかかわらずのことであった。

どんなに政府がつぎ込んでも、ざるに水、

泥沼に杭を打ち込んでいるやうだ、と喜一さんは云った。

この頃の借金が根雪のやうになって、今では地方も含めると

国の借金はGDPの=2倍近くになろうとしている。


さて、(イ)を念頭に置くと

成長とは───

民間部門(所得税の減税と法人税の減税)+政府部門(有効な政府支出)=経常収支

法人税を減らすと→企業の設備投資が増える

個人所得税を減税すると→可処分所得増→消費や健康や余暇に。

そして、ステルスなんか、とわたしの場合はその後に続くのである。


資本主義は飽和点に達した、と云ふ。

しかし、それは悪しき金融資本主義のことである。

市場原理を根っこに持つ資本主義はまだあらゆる人間の可能性を引き出すに違いない。

そして、GDPである。

一方、世界では競争原理に疲れ、また、何度も押し寄せてくるバブルや金融危機に打ちのめされ、

この世界は色あせた、格差は世界中の宿痾になり、人々から希望を奪ったと、云う人もゐる。

しかし、GDPなのである。

中国では「保八」という言葉がある。

8%の名目成長率のことである。

8%の成長率をキープすることで、雇用が確保できる、とされる。

つまりGDPは=雇用のことである。

日本のGDPは500兆円を割り込んで約=470兆円くらいになってしまった。

われわれはいつでも名目の中に暮らしてゐる。

そして、おおざっぱに計算すると

名目GDP×8%・・・約40兆円、くらいが税収ということになるのである。

税収から国民へのもろもろのサービスが実施されるということは明白だ。

国家は打ち出の木槌ではない。

税収があってこそのサービス(社会保障)なのだ。

税収もないのに、社会保障もなにもあったものじゃない。

つまり、GDPとはそのくらい根本的なことで、経済が社会の基盤をなす、というのは

マルクスが云ったころから変わらない。

GDP・・・雇用

GDP・・・税収

GDP・・・社会保障

ということで、

雇用こそが・・・最高、最大の社会保障のことであるのだ。


憲法9条は“使いで”がある。

「吉田ドクトリン」が戦後の日本の経済成長を促した明白な事実を忘れてはならない。

(イ)の項では───

民間部門(雇用、安心、希望)であり、

政府部門(消費税・・・社会保障)

政府部門(憲法9条)・・・

つまり、防衛予算をGDP比の=1%などと云わずに、

4.7兆円を→2兆円くらいにまで切り詰めればいいことなのだ。

2.7兆円をそれこそ新しい概念の教育に回す。

安倍ちゃんは憲法を変えて、教育改革をすればこの国は成長する、というが、

企業も今やサムスンやアップルではないがブランディングが大事、

そして日本国のブランドとは何かといへば、憲法9条と、“象徴”天皇であることは間違いない。

憲法9条を磨きに磨き込む。

教育の根底とは五感に優れた子どもたちを育てることであり、

「石にかじりついてでも」という一人びとりを育てることであって、

ステルスやイージス艦ぐらいでないことは確かだ。


基本的には戦はGDPでするものだ。

日本では太閤検地によって初めて日本国のGDPというものが統一的に明らかになったということだが、

かってその日本で───

■織田信長、本能寺の変直前でその領域は600~800万石

■豊臣秀吉は天下を取って石高は2000万石以上に

秀吉はその上全国の主要金山・銀山を支配していたため、財政的には豊臣氏が徳川氏を圧倒していた。

■徳川家康は戦国大名として三・遠・駿・信・甲五カ国で150万石、秀吉政権下で関東250万石。

■前田利家・利長、前田利家の領土は最終的に90万石程度、関が原後に利長が120万石。

後に分家したため、加賀前田家は102万石。

■毛利元就・輝元、

孫の輝元は、織田の羽柴秀吉と和睦し五カ国に減少して120万石程度。

関が原で、防・長二カ国38万石に減少。

■関ヶ原の戦後処理により、豊臣家の領地は摂津・河内・和泉の3カ国、65万石に減少。

徳川氏は各大名を臣従させていったが、豊臣氏は従わず、独立を維持しようとした。

このため、慶長19年(1614年)からの大坂の役において、家康により滅ぼされた。


関ヶ原、・・・さて秀吉側に着くか徳川方につくか。

加賀100万石と云われた前田家はどうなったのだらう。

前田利家の奥さんまつは、慶長4年(1599)利家の死後、剃髪して芳春院と称した。

利長謀反という噂が立ち、家康の圧力から前田家を守るため、

慶長5年(1600)人質として江戸へ赴き14年を過ごす。

金沢に戻って3年後の元和3年(1617)71歳で死去。

秀吉の正妻ねね(高台院)とは親友。

■高台院、芳春院らのバランス感覚、時代感覚。

加賀百万石はその後、中央とは一定の距離を置き、加賀というものをブランディング、

熟成、発酵させた独自の様々なものを開花させ今に続いてゐる。


歴史とは時間軸であり、経済とはその時々の暮らしであり、社会とはそこで織りなされる心性である。

歴史の流れ、経済の現実、そして社会の動きを同時に理解しようとしなければならない。

はて、秀吉(米国)にするか、徳川(中国)にするか・・・


産業政策に秀でた為政者は後世に名を残す。

越後(新潟県)

→1598,1月、会津(福島県)、

→1601年、米沢(山形県)へ。

上杉家は殖産興業に熱心なリーダーを輩出した。

代表的産品が越後縮(ちぢみ)だ。

上杉謙信は麻織物原料の苧麻(ちょま、イラクサ科多年草)の栽培を奨励。

謙信と景勝に仕えた直江兼続も会津、米沢へ国替えを余儀なくされたなかで

農耕の指南書「四季農戒書」を著し、苧麻栽培に励むよう説いた。

江戸時代中期の上杉鷹山は越後から米沢に縮織り職人を招き、

原料供給から高付加価値の織物生産へと産業転換を図った。


芳春院はなにか恥かしいことをしたか。

今でもその香り高い心根に人々は賛嘆するばかりだ。

毛利(長州)は38万石に、そのうっ屈したマンタリテ(心性)は維新回転の原動力となった。

下北まで追いやられた会津は「先の戦争では」と薩摩を名指しする。

西南戦争では真っ先に西郷軍に突っ込んでゆく。

その薩摩にだって為政者はいた。

家老調所広郷は幕府には秘密で琉球貿易などによる密貿易で莫大な利益を藩財政にもたらし、

幕府にその禁が洩れそうになると一身で責任を負って自死、

秘密を闇に葬り去った。

薩摩藩もその財政基盤をもとに幕末の雄藩となってゆく。

切ないものだ。

家老調所広郷ではないが、為政者たるものは時に、

歯を食いしばってまで一般に嘘をつき通さなければならないこともあるのだ。


歴史性の中で国も地域もみなそれぞれのマンタリテを持つ。

朝鮮には“恨”があり、それが文化の根底をなす。

国は軍事では容易に滅びないものだ。

戦はGDPでするもので、心性が堕落しない限り国家は滅びない。


教育勅語が成った1890に、ハーンは横浜に上陸した。

1892熊本第五高等中学校、日清戦争の前のことであるが──

ハーンこと小泉八雲はこのやうにその頃の日本のことを記している。

彼らは全く驚くべき状況下でも、不動の外見を保持することができる。

しかしこの自己管理の下には火のような激しい力の自覚がある。

それは一旦緩急あれば怖るべき姿をして現れるに違いない。

何人かは比較的裕福な家の生まれにもかかわらず、

自分たちがどれほどの艱難辛苦に耐え得るかを試すこと以上の喜びを知らないかのようである。

これらの若者の大多数は、間違いなく、

自分たちの高邁な理想を捨てるよりは躊躇せずに自分たちの命を捨てるであろう。

そして国難迫るの報が伝わるやいなや、

この400名の全学生は即刻鉄のような兵士の一団と化すであろう。


しかし、ハーンは日本が次第に傲慢に夜郎自大になってゆくことを心から憂い、

1904に没する。


いいのか悪いことなのか分からない。

ただ、当時日本の津々浦々にこのやうな集団が満ち満ちていたことも事実だらう。

ぼくはここにある別な補助線を引きたい。

それは決してナショナルに傾くことではなく、

五感と感性に溢れ、石にかじりついてもという一人びとりの若者たちの教育のことである。

国防予算=4.7兆円の内、2兆円は新しい教育プログラムに投入する。

公立、私立の学校のほかに、地域地域に過疎になった学校などを拠点に、

戦前の幼年学校に似た、それとはまったく概念も異なるが、

国民学校のやうなものを創設し、学校教育を複線化する。

寮生活、点呼、移動、員数など、軍隊のやうな感性も取り入れる。

日本全国のゴミ拾いに精を出す。

過疎の農業や漁業などを手伝う。

介護養老の現場に出て、生老病死を実感する。

南の者は北へ、東の者は西へとか、海の者は山へなどと、

風や気候に出会い、土や水に触れ、痛い、痒い、うれしい、恥かしい、など、

意欲、感度、能力など暗黙知を高めるのだ。

どんな状況になっても暮らしていけるというエネルギーに満ちた子供たちを。

公立、私立の子どもたちも1年から2年くらいはそこに行かなくてはならない。

いいこと、悪いことを学ぶ。

顔色を読むことを学ぶ。

わたしの発想では、この拠点は過疎地における就業の場にもなり得る。

要するに雇用吸収の現場である。

また極端を云って小学生のときからこの学校に属し、

この教育カリキュラム、プログラムに精を出した子どもに対しては、

賃金が支払われ、同時にその中から社会保障費などが自動的に積み立てられるようにする。


日本には今、おカネがない。

事前に上記のような教育システムが多々軍事のような感性で行えれば、

わたしの頭の中には“ボランティア”という発想は全くない、

自分探しや、出欠や、時間の曖昧さのあるそのやうな側面のことであるが、

厳しい教育プログラム、システム、カリキュラムを集団で経験することで、

事前の絶対的躾け、つまり、国にも美しい習慣というものが必要であって、

それらを通体出来れば、日々の盛りの児童虐待や、あやしい事件、いじめ、

ゴミ捨て場のやうな路側帯や、富士山の登山道とか、

警察も含めての行政の、事後の膨大な不必要な予算などを

かなりな部分で削減できるはずだと思うのである。


とくに韓国や北朝鮮、中国やフィリピン、インドネシア等、

アジアの諸国に向かっての、我国の完全なる軍事費の削減の発表は

過去の歴史認識と相俟って、かなりのインパクトのある歴史的決断になると思う。

学校名はまだ思案中だが、これらは徴兵制の概念とだぶらないことが肝要である。

貧しい家庭、虐待やいじめにあってゐる理不尽な子どもたち、

それらの子どもたちも含めた健全な国立の学校教育の複線化である。

・戦争も含めて「死」をしっかり学ばせること。

生老病死をしっかり間近に感じることで、肉が腐ること、腐敗が目にしみることなど、

死に対する態度を学ぶことで生きてゐる生態システムを改めて認識しなおす作業を。

・失業に対する緊急避難所、または永続的な就業の場にも。

・無年金、低年金に対する低年齢からのセーフティーネットに。

・時代に即した最新の教育プログラムをプラグマティズムに。


石にかじりついてでも、の子どもたちである。

その子供たちがわたしたちの未来の希望になるのである


倉石智證