私の好きなトライアングル

好きな三角形をした小さな公園

こんな小さな公園にアメリカ杉の影が落ち

ベンチが一つ

けふは、もの食ふおじさんが座る

ベンチの隣に網のひし形の目のゴミ籠があって

ゴミが溢れ

おじさんも疲れている


「オ弁当ハイカガデスカ」

野球帽の小姐(シャオチエ)が公園の隣の店頭で連呼する

少し違うんだ

とわたしはつぶやくが

そんなことはお構いなしだ

あゝ、蝉が鳴く

蝉が鳴く

イー、アール、サン、スゥー「アルトック」

あゝ、さうではなく


靖国通りの対面の寡婦のお店はけふも休んだままだ

ご亭主さんはまだ寒い季節に亡くなられ

白いカーテンが店頭のガラス戸にかかる

そんなところからもRay Bradburyのサーカスがかかる

あそこらへんの何本もの欅の木に

欅の枝が青々と水彩画のやうに空に立ち

今年も蝉が鳴きに来て

しゃわしゃわと鳴きさかる

あまりの煩さに2階の餃子屋さんは生ビールを250円にしたほどだ

世界は「アルトック」「アルトック」ではなく

そんな明るいもの云ひばかりではなく


真っ白な日傘なおかあさんが

夏帽を顎に被った坊やを連れて通る

「ほらね、坊や、あんなふうになっちゃ、いけないのよ」

薄く、白い顎がさう云ったやうな気がした

ふと見れば、もう居ない

すれ違ったのか

一輪車に工具を積んだ若者が

坂道を東美の方に曲がってゆく

ヘルメットの首筋は汗に濡れて光り

背中からズボンの腰の下まで汗で濡れて沁みになり

それに、ぼうや・・・と云ふ声がまた

振り返る

防衛省の鉄塔に夏雲が湧き

それは少し不穏に圧力を孕み

世界は汗まみれで

世界は今のたったこの瞬間でも汗をかいてゐる

ごった煮にプレクサスを云ふ

北回帰線、

あゝ、南回帰線


いよいよ新しい建造物は最後の仕上がりにかかってゐる

コンクリートエルボーが激しく身をゆすり

熱気がもうたへられないと云うくらいに

坂道に乱反射し

若者の背に汗が吹き出し

ベンチのおじさんは急に日影に老け

シャオチエの連呼

靖国通りには工務店や

配管工の車が列を為し

ミキサー車の台ががゆっくりと回り続けている


私の好きなトライアングル

この三角形の公園に佇み

激しい蝉の鳴き声に

エンジンの焼ける音を聞いていると

不意に激しい動悸に、

私は愚かにも笑いさうになって

槐の花の一枝を顔近くに引き寄せる


この憂ひにみちた白さと

うす緑色した朗らかさ

ちいさな花片を幾重にも地に散らし

世界は計画的選択ではなく

偶然の必然なのだ

my sweet complianceはあなたに心地よい満足を与えると云うこと

結局は梯子の下の微笑と云ふことになる


倉石智證

市場は資源や資本や労働の分配、配置を最適化する、と云ふが、

生まれた瞬間から、その時間、場所により

階級、階層化は自己リレーする。

ベンチのおじさん、

連呼するシャオチエ、

カーテンの奥の寡婦、

白い日傘の親子連れ、

250円の生ビール

背中を汗でぬらす若い労務者、

それぞれの一人ひとりの生活の後ろにつながるこの一瞬の経済、

世界の回帰線が立ち現われ、

労働価値学説、

わたしはヨブのやうに罰せられ、

もはや、静かに笑ふしかない、

梯子の下の微笑、と云ふことになるのだ。

my sweet compliance

世界に対する応諾、甘受といふこと・・・。

懐かしき、ヘンリーミラー。