“CERN”セルン
またゝくまに宇宙の創成期に差し迫った
大の大人たちが眼鏡をはずして涙を拭く
段上はざわめき、嘆声する
“CERN”ストーンヘンジ
おゝ、いまさらながらのビッグサークル
人々はそれを囲んで三拝する
見えないものも在るんだよ
見えないものもゐるんだよ
何事のおはしますかはしらねども
かたじけなさに泪こぼるゝ───
心は体に見えないけれど
心はそこに在るんだよ
風が吹いてゐる
木の梢がそよと揺れる
あゝ、やはりそこここに風の在りかが表はれる
大人たちはいつもたしなめる
布団がたたんでなかったと
お茶碗が洗ってないよと
ほら、ごらんね
心はそれと見えないけれど
色と形にあふれ出る
時に、セルン、
素敵な響き
素粒子を鼻の頭にとまらせて
ひととき、下唇で息を吹きかける
小さな眼に見えない小人のやうに
きまぐれて
あっというまにどこかへ飛んでいってしまった
そのやうに、ぼくたちの身の回りには、眼に見えないものばかりで埋まってゐて
だから、ある人が
鐘の音の鐘をはなるゝ、と云うんだけれど
だれひとりとして今まで鐘の音の鐘を離れるのを見たものはなかった
それに、まつわり付く
何ともけったいではないか
おゝ、おゝ、その響きがなんとも嬉しいのだ
老人になると、やたらと身の回りのものが重たくなる
いの一番が自分の体で、
踏み出す足がなんとも重い
右足さんに聞いてみる
今度はどっちの足を先に出したらいいんだらう
左足さんは地面の、それも別のことを考えている
布団から身をはがすすのさへも、億劫になって
その時、今朝のニュースで、ヒッグスさんが
宇宙空間にいっぱいに詰まってゐるのだと告げたのだ
道理で、重い
適度に重いのではなく
やたらと重たい
考えると瞼が重たくなって
ついつい眠ってしまうことに
すると夢の中にはジュラ紀の羽毛恐竜が飛び出て来て
ぴョっこぴょっこ跳ねてゆく
おーい、と呼びかけて
素粒子は知らんかね
と尋ねると
ヒッグスさんが急に脚にからまったようでぱたりと地面に倒れ
そのまんま岩石奥深くに閉じ込められて
ほんとうに長い長い眠りの中に落ち込んでしまった
へうへうと
空ははげしく晴れてゐる
人間の進化は購はれるのか
ぶんぶん廻れ、糸車
鉄砲玉、撃て
建物を壊せ
どこかで赤ん坊が火がついたやうに泣いてゐる
創成期のさらにまへ
光速であらゆる素粒子は飛びまわっていたと云うが
ぶつかっても、それても、すれ違っても
みんな見知らぬ者同士で
永遠に何かを生みだすといふことにはならなかった
劇的に宇宙が変わる
ヒッグス粒子に満たされる
初めての原初の思考が無数に生み出された
漂うものが一位に集まって運命を為し
時が来ればまた万有に還ってゆく
だから───
是諸法空想
不生不滅
不垢不浄
不増不減
――ただ入って、出てゆくだけ。
坊さんの脚はまた少し重たくなりました。
西の国に旅立ってゆくのですが、
坊さんは自分の脚が少しずつ重たく感じられるのです。
むかし、まだ若くてたいそう威勢があったころ、
坊さんはお布施で頂いたおコメをこぼしてしまい、
誰も見ていないと知ると
それをあろうことか脚で道端の草むらの中に蹴込でしまいます。
今は西の国に近づくにつれ,空は血のやうに茜色に染まり、
坊さんは鉛のやうに重たくなった自分の脚のことをはっきりと知るのです。
タレも見てゐなかったはずだったのに、
お釈迦様は屹度、見ていたんですね。
大宇宙、ヒッグス粒子に捉まって、罪咎憂ひ、かてゝ、生まれり
宇宙はものすごく清潔、清明であったものの、
一瞬にして、意識するもののやうになった。
モノが事へと運ばれてゆくのだった。
倉石智證
1億5000万年前(ジュラ紀)、
羽毛を持つ獣脚類である新種の肉食恐竜化石、ドイツで発見。
羽毛を持つ新種恐竜「スキウルミムス」の化石
(独ルートビヒマクシミリアン大提供)
恒温動物への進化のヒントが隠されているらしい。
人間の“ホメオスタシス”・・・
禅で、「毛に巨海を呑み、芥に須弥を納る」とよく申しますが、
これは毫毛の中の大海を呑み、芥子粒のうちに須弥山を納れる・・・
