君は何処を向いてゐるのか

左の頬がざっくりと削られてゐる

海が、海が悪いんだね

家財も、愛も、命まで持っていってしまった


左の頬に風が当たる

未だにひりひりとする

深い翳りを宿してゐる

どうかすると

さらさらと記憶や時間が

さらさらと零れ落ちるのだ

あれはもはや、

今では遠い時間だね


いっときの今に乗りあげる

棲んでいるところはいつだって奥まった路の突き当たりだ

そんなところにも次へといろんなものがやってくるが

歯を食いしばってたへやうと思ふ

猫が教えてくれた

いっときを今に乗りあげ

寿命が尽きるまで

その時を生きるしかない

この地に生まれたら

この地に養われて生きてゆくのだらう

それしかない

それでも運命は思いがけない曲がり方をして


わたしはモアイの像になった

扁平な運命がひやりと頬にはりついて

ただ、そこにゐるということが億劫にはならない

動けないと云ふこともあって

ただ、ただ、

青い海を見やってゐる


「幸魂さきみたま奇魂くしみたま守給まもりたまへ幸給さきわひたまへ

ちりぢりの魂を光の糸でつなぎ結んで……

花が咲き、草萌ゆるこの国を風の櫛で梳かして」松本隆


猫が教えてくれた

あぢさゐの花叢の下に入ってゆく

まるで夢のやうだ

ひとは路地の突き当たりにゐて

自分の運命を生きることしかない


墨田の花火、ダンシングスノー 、ダンシングパーティーなどと

折から急ににぎやかになってきたけれど

僕は海を見てゐる

君は何処を向いてゐるの

左の頬がざっくりと削られてゐる


倉石智證

歌詞が完成した4日後に東日本大震災が起きた。

「幸魂奇魂」とは国土に幸せをもたらす魂のこと(松本隆)。


「遠い時間」

(井坂洋子・詩人12,6/17日経を参考に)

捨て猫が教えてくれる。

どこから来てどこへ行くのか、先のことは心配せず、今いっとき自分を解き放ってゐる。

いっときを今に乗りあげ、寿命が尽きるまでその時を生きるしかない。

この地に養われ生きてゆくのだろう。

運命が思わぬ曲がり方をして、

眼の前に富士(ただならぬものでもいいと思う(倉石))の威容が迫って来た時には驚いた。

地続きのお堂に出る。

雨がまた降り始めた。

舗道の水たまりに、あとからあとから円形の輪が広がり消える。

時に音楽よりも、傘にうちつける雨音のリズムの方が心に染み透ってくる。

それらははるかな空から、実に遠く旅をして、

やっと地面に近い私の笠にあたるのだ。