風を見よと云ふ

風を聞けと云ふ

海に仕える人

土に仕える人

木に仕える人

全部がそこゐらにある


あそこでは一本の枕木を立てるたびに

一人が凍えて飢ゑて死んだ

強い人はやさしい人

やさしい人は強い人

マイナス30度にもなると人格もなにもあったもんじゃない

どこにでも野太い農夫はゐて

おおきな蕪らを引く

花はそこゐらに咲く


おーい、その雲はずいぶんのんびりしてゐるではないか

いわきのほうへ行くんか

いわきはいゝな

みんなの手はごっついぞ

正直な手は炭鉱を掘り尽くす

木を立てろ

セメントを塗れ

塗りたくれ

私は嬉しいぞ

わたしも仲間に入れてくれ

夜毎集い来る若者たち

白い雲を見上げると

常磐に「母子想」が風に光った


母を立たせる

すると母はたちまち昔の少女になった

母につば広の帽子をかぶせる

すると母は急に黙り込んでしまった

母の腰、母の胸、母の上腕

たばしる緑の髪をつかませる

そうして母は丘の上に立つ

風を聞けと云ふ

風を見よと云ふ

仙台の公園の丘辺に

さうやって「緑の風」は

木々の青、空の青とにまぶされた

まるで金環蝕のやうな光りの輪郭ではないか


大きなおおきな地震が地を揺らした

大きなおおきな津波が押し寄せた

そこゐらじゅうをかきまわし

そこゐらじゅうを引っ掻きまわし

泥だらけにして去って行った


強いものはやさしい

やさしいものは強い

どんなに苛酷でも、生きなほす力

ビルジングは再び洗ひ直され

ビルジングのまへのきざはしに水がきらきら流れ出す

忠良の像は身を投げ出して歓喜する

「翔韻」て云ふ

なんとブロンズを確かに光る風が抱きしめる


「常磐の大工」だ

「木曽の少女」

「群馬の人」だ

さうやって風に聞け

風土と時間が作り出す絶えまない命の歴史

顔、顔、顔

顔の間を風が通ってゆく

また囁く

また光る

手のひらから時間がこぼれ落ちてゆく

フードを深く被った顔

時の奥のさらに向かうへと誘う

打突する

打突する

風雪の中で

廻り来る季節に

ただじっとたへてゐる木々のやうな命の形を作りたい


やって来たね

また、仙台だ

わたしは東北の墓守

命は次々と取り換えられる

90にもなって明日死ぬことも分かった

「うんとこしょ どっこいしょ」

ロシアの大地もなかなかなものだ

地に仕えるじいさんはおおきな蕪らを引っ張った

ばあさんが出てきて

お嫁さんも子供も出てきて

犬も猫もネズミまで尻尾で引っ張る

「うんとこしょ どっこいしょ」

小さな子供たちもその都度声を出して一緒に引っ張る

宮城の小児科病院で

みんなみんなおもいおもい運命を背負った子供たちだ

みんなが玄関のそのレリーフに触るから

動物たちはつるつる黒光りした


祈る、立ち止まっては祈る

塑像の間を歩いてゆくと

きっと新しい風がまた吹く

流れる風に


オリヱ、オリヱ

庭の花を摘んできておくれ

おとうさんは素早くさっと花を描いた

山茶花は赤い命の色を緑の葉の間にしたたらす

シベリアから歩いてとぼとぼとここまで来た

花はそこに在る

あゝ、また風が吹く

自然にはとてもかなはないな


「3.11」を過ぎて少したったころ

忠良は懐かしい母の頭像を抱いてそっと天に旅立った

かあさんが行ったからわたしも後をゆくよ

そのとき何か大きなものにさっと抱きとられて

忠良さんは赤子のやうになって天寿を全うした


倉石智證


「亭主の好きな赤烏帽子」

佐藤忠良

(1912年7月4日 - 2011年3月30日、98歳)

作品は清真である。

作者の自然と人間に対する態度である。


宮城県石巻から北海道へ。

宮城県に生まれたが、はやくに父を亡くし、その後母の郷里である北海道夕張町に移る。

炭鉱の町で母親は手内職で息子を育てる。

そこで小学校を卒業し、中学校進学のため、一人札幌へでて下宿生活をはじめる(13歳)。

岩瀬さんという23歳の青年との出会い、1軒家を借りての共同下宿自炊生活が始まる。

夕食には賛美歌を歌う。

家事と仕事とスポーツ(冬はスキーで遠出を)

……それが私の人生にどのような重みを持つものであったのか、

その頃の私にはまだ解っていなかったはずである。

昭和二十七年に制作した「群馬の人」という小さな頭像は、直接のモデルは別の人だが、

岩瀬さんとの生活の中で培われたものをはっきりと形にした、私の心の記念塔である。

(近代こだいナリコさんのwebより)


東京美術学校彫刻科。

1939年同校卒業後、新制作派協会創立のとき彫刻部に参加して会員となった。

1944年兵役に服し、

1953、3年にわたるシベリア抑留から引き揚げ。


1942「母の顔」

1953「母子想」いわき40歳

1977「緑の風」仙台公園66歳

1997「翔韻」仙台空港ビル

2003「おおきなかぶ」小児科病院90歳


佐藤オリヱさんは娘、女優さんである。


たえず風景の奥にあるものを見つめてゐる。

「絵や彫刻は人間の愛情が作り出すものだ」

「わたしは自然からは離れられない」