中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)は14日、
2012年度(12年1~12月)予算を採択し閉幕した。
中央と地方を合わせた歳出は前年度実績比14.1%増の
12兆4300億元(約160兆円)を計上した。
改革・開放政策が始まって間もない1982年度の歳出は
1230億元(中国統計年鑑)。
30年で101倍に膨らんだ。
関心を集める国防費は
30年前の38倍で、実は歳出全体の伸びの方が高い。
歳出額は5年前の07年度に比べ2.2倍。
人民元は05年からドルに対し上昇傾向にあり、ドル換算すれば近年の膨張ぶりが際立つ。
■12年度予算は中央と地方を合わせた各種の税収として
合計9兆8239億元(約125兆円)を見込む。
12年度の日本の税収は中央と地方を合わせて約76兆円となる見通しだ。
単純比較すれば中国の税収は日本の1.6倍となる。
(編集委員 飯野克彦12,3/19日経)
■歳出160兆円
■税収125兆円
■日本は76兆円
歳出(1982→2012)30年で101倍に
国防費(1982→2012)30年で38倍に
構図としては中国はまだたいていは国営企業で、
法人・政府部門(貯蓄-投資)率急上昇すれば
→企業は経常黒字を直ぐに投資に回して、
→だが、賃金(貯蓄や消費)には回さなかった。
(労働分配率←国営企業→投資)←経常収支黒字
一方で、低所得層への税負担を減らす。
財政税中国12,1,21
(20日)11年の国と地方を合わせた全国財政収入が前年比24.8%増の
10兆3740億元(約126兆円)になったと発表した。
企業所得税が急増し、初めて10兆元の大台を突破。
財政赤字の国内総生産(GDP)比は1%強にとどまった。
先進国が軒並み債務問題に苦しむなか、中国は財政の健全性を維持。
必要に応じて歳出を増やして景気を下支えする考えだ。
全国財政収入は税収と国有資産の売却など税外収入の合計。
税収が全体の9割近くを占める。
賃上げなどで個人の収入が全般に拡大していることを映し、
個人所得税は25.2%増と。
昨年9月から同税の課税最低限を従来の月2千元から3500元に引き上げ、
所得が少ない人の税負担を減らす方向に動いている。
民間部門(貯蓄-投資)+政府部門(税収増-政府支出財政支出余裕)=経常収支
民間部門(消費+投資)+政府部門(インフラ投資)=経常収支(輸出)・・・為替介入
民間部門(インフレ抑制に)+政府部門(財政民主主義はなし)=輸出・・・為替は次第に均衡状態に
中国は───
消費+投資=輸出
・国内投資(インフラ)はいつまでも無限というわけにはいかない。
・輸出は常に貿易摩擦にさらされ、労働力と資源エネルギーの制約下にある。
・消費(内需)はこれからの中心課題になる。
しかし、中国でもっとも注目すべきは
1978改革開放(鄧小平)
1992南巡講話(鄧小平)
いかにマルクスの唱えた生産の3要素
・資本(外国の直接投資)
・労働(安価な農村民工)
・生産性(キャッチアップ)
をフル稼働に解き放ったかなのである。
結果がこういうことになった。
歳出(1982→2012)30年で101倍に
国防費(1982→2012)30年で38倍に
少なくとも先進国で抱える政府部門(財政民主主義)の宿痾は感じられない。
政府による中央集権的資源配分。
かって日本でも戦後の傾斜生産方式とか、
田中角栄による列島改造などにはみられた。
民主主義を抑制して、経済を優先させる。
先進国ではたよりの健全な市民社会・民主主義を支えるはずのミドル層が崩落しつつある。
下村治さん
一国の経済は、
民間部門(国内の需給-設備投資)+政府部門(国民負担-財政支出)=国債収支
・・・それぞれが均衡するように運営するのが望ましい
下村治さんは、(石油ショックの始まる以前から)1970頃からか
「成長率の下方屈折は必至」だと説いていた。
①輸入技術の枯渇(キャッチアップが済みつつあった)
②変動相場制(ニクソンショック)
③労働力不足(集団就職は途切れた)
この動態的均衡主義者は
「将来に負債を残してまで成長を追求すべきではない」
と日本の行く末を結論づけたものだった。
コンピューターブルとーザー、田中角栄さんが登場して来る。
列島改造で日本は大いに盛り上がった。
所得もさらに上がり、“もうれつからビューティフル”へ、
1億総消費社会が到来し、まだまだ湧き立つやうな高揚感が列島を津々浦々まで支配した。
だが、折からの石油ショックをきっかけに日本を含め世界はインフレに突入する。
ドイツと日本以外は景気が悪い上にインフレである、スタッグフレーションに襲われた。
日本もしかし、間もなく歳入欠陥に陥った。
大平さんがまず、消費税の導入を審議に───
さて、ニクソンショックの前は360円である。
現在はおよそ80円。
360円→80円
プラザ合意後は円高に一挙に
1987(160円くらい)とそれからさらに円高に(120近辺まで)なったが
1990ころにまたおよそ160円に
160円→80円
これらの意味するところは、
円高とは「円で売るモノ、サービス、労働力」の値上げを意味するのだが、
景気が悪いのに、値上げを継続したら、つぶれてしまう。
同じ品質の競合商品との価格差が、5%や10%であれば、
サービスやデザイン、営業力などで太刀打ちできるかもしれない。
もしくは必死の努力でコストを下げて、同じ販売価格にできるかもしれない。
しかし、それ以上の価格差の克服は難しい。
円で売るモノ、サービス、労働力は固定相場制の
360円時代から4倍以上の値上げをしてきたことになる。
それほどの値上げをしたら、国際競争力は失われる。
日本人の労賃もそんなに値上げをしたら、国際競争力を失い、外国人に仕事を取られる。
国内空洞化で仕事がなくなるということだ。
国際競争力がなくなった企業は海外から利益を得ることができず、
日本人も国内で仕事を失うのだから、
いくら金融や財政で国内景気を刺激しても、消費は盛り上がらず、
景気回復など土台無理な話なのだ・・・
(2012,4月、日経、どなた様だったか失念)
360円→80円
160円→80円
失われた20年の間にGDPもドル建てだと→2倍になった。
失われた20年では「ドル建て」だと賃金は→2倍になった。
中国もベトナムもバングラデシュも安い。
(製品、財に賃金が組み込まれている。国際競争上賃金を下げざるを得ない)
賃金デフレにならざるを得ないのである。
160×1㌦→80×2㌦なのに・・・
現在1㌦では20年ほど前の半分の量しか買えないのに、
しかし、1ドルで昔と同じ(160)量を欲しいと云われる。
自分のところではさんざん輪転機を回し続けてドルの価値を半分にしておいて、
いや、高いからまけてくれ、と云われ続けてゐる。
(イ)高くてもまけることなく買われ続けてもらうためには
石油資源やレアアースのように絶対必要で、
160円の円建てのままでも買ってもらえるほどの付加価値商品を
マザーに持ち続けられるかどうかである。
(ロ)買い叩かれて→80円になってしまったら・・・
少なくとも(160)にするには2倍の生産性を上げなくてはならない。
2倍の生産性とは(労働力投入量・投入時間であるから)投入時間を無視するとして、
2人でしていた仕事を1人で完成させなくてはならない。
→1人がリストラの対象に
または仕事は2人のままで
→給料を半分に減らす・・・
(イ)のように“秘伝のタレ”をたえず進化させ続けることが出来るか
(ロ)のケースではさらに思い切って
たった1人でも資本装備によって4倍、5倍の生産性が上げられさえすれば、
→売り上げ
→労働分配率
→賃金
へと結びつくことが可能だ。
しかし、賃金デフレはもはや覆いやうもない勢いである。
しかし為替は、
将来値の現在(期待インフレ率など)にたえず揺れ動いている。
実需ばかりではなく、
購買力平価(一物一価)ばかりでもなく、
多くの心理が絡み合って瞬時にそのレートは移動するのだ。
①金利差
②国際収支
③アセットアプローチ
(異なる通貨建ての資産の期待収益が同じになるように決定されるという考え方)
④インフレ率格差
⑤通貨供給量の差
予想インフレ率とは、
米国中央銀行がマネタリーベースを十分に増やす
→世の中に将来は米国のインフレ率が上がりそうだっていう認識が広がる
→インフレ率が上がれば通貨価値が下がるのでドルの予想為替レートが下落する
→そうであれば、今のうちにドルを売っておこうと思う人が増えて、
現在のドルが下落する。
(QE1、QE2)
→予想インフレ率(物価連動債などで計算)の上昇と、
ドルの下落が同時期に起きていた。
→円高にもふれることに。
民間部門(生産)⇔【金融部門】⇔(財政民主主義=国債)=経常収支・・・貿易(為替)
グローバル経済では世界は世界中に経常収支の争奪戦を繰り広げてゐる。
経常収支は⇔国債の担保価値である。
国債の残高ばかりではなく、国債のプレミアムに対しても市場は厳しい判断を下す。
倉石智證
