「雇用利子および貨幣の一般理論」

あってうれしい花いちもんめ・・・

ではなくてもらってうれしいものが通貨である。

ドルが基軸通貨なのは何よりもあってうれしいからである。

その時点でドルは単なる貨幣ではなくなる。

それにつけてもカネの欲しさよ・・・

マネーとは「自由」そのものでもある。

尖閣諸島ではないが国境さへもマネーで賄おうとする政治家もゐる。

貨幣が通貨になる時、人々の欲望が解放される。

マネー選好は不安定、将来の不確実性にさらされている人間の本能の一部として定着した。

貨幣はその内次第に欲望そのものに変貌して行く。


弥生時代にコメ作農業が始まったとされる。

一粒からおよそ60粒が生産される。

60倍・・・かってなかった生産性である。

60粒貸し出すから3600粒の内の半分、1800粒は返してね───

出挙すいこのやうな利子率の概念がすでに持ち込まれた。

五公五民でも、貸し出された小作人側の生産性が上がりさえすれば、

それでも手元にもっとたくさんの収穫物が残されさうだ。


魚なら釣り糸と鈎、しかし投網には勝てない。

それも集団で、それに船も出せたらもっと捕れるかもしれない。

農業なら何よりももっと土地の広さが必要になる。

やはり一人でするよりも集団で作業した方が仕事ははかどるだらう。

水利も大事な要素になる。

種籾の管理、天候への占い・・・


ところで南欧では若者の失業率が50%を超えるギリシャのような国もある。

そして、北欧のドイツに比べたら何よりも生産性、つまり単位労働コストが高いときている。

産業構造が致命的に育っていないのだ。

その上、風土、地政学、歴史がもたらしたものなのか輝く地中海の海、風、

楽天性は花見酒経済、つまり国家の利益の先食いをしてしまった。

生産性の剰余が、経常収支となって国家を潤す。

経常収支が国家の信任の基にもなり、それを担保にして国内の流動性も維持可能になる。

生産性をいかに高めるか。

フランスさへ、大統領が変わりオランドさんになったが、

2000年以来、フランスの単位当たりの労働コストはドイツに比べ20%以上上がってゐるとのことである。


売るのは必ず何かを買うためである。

売る(供給サイド)には店舗、工場、設備、材料、人件費・・・(つまり有効需要)などを買う必要がある。

ところで買う(消費)ことは必ずしも何かを売るためではない。

巣鴨銀座に行けば、老人たちがお饅頭を食い、うどんをすすってゐる。

人が命を最低つないでゆくためには限界消費性向というものもある。

消費は文字通り「ああ、うまかった」で潰えて消えてしまうことの方が多いのである。

民間部門(貯蓄-投資)+政府部門(税収-政府支出)=経常収支

グローバル経済ということ、

世界ではこの経常収支の争奪戦が始まってゐる。

民間部門(貯蓄-投資)

所得=消費+貯蓄+納税

・民間の貯蓄は高齢者世代を中心に取り崩しが始まってゐる。

・消費はデフレ心性のもと節約が続いてゐる。

投資は───

・企業の貯蓄は空前とも云われているが、大企業のほとんどは外へとM&Aなどの直接投資に

・大企業の資本性マネーは系列や中小企業の方には回らない。

企業を中心に労働分配率と資本とに分配の経路がなされるとして、

(労働分配率←企業→投資)

・(イ)労働分配率(国際競争力のなか非正規雇用など賃金)は減って、

・(ロ)投資は海外へ、という構図が想像され、

(イ)(ロ)に依るところの有効需要は減殺された。

民間が積極的に設備投資(ロ)に走り出すためにはどうしたらいいか。

(ロ)は期待値によって走り出す。

政府が方向性を打ち出し、政府保証を取り付け、投資環境を整備する。

列島の付加価値化を物理的、法的に推進する。

民間部門(生産性)

民間部門(付加価値商品とマーケティング)

民間部門(列島の付加価値化・ハブ化)

民間部門(センターピンを・・・)

賃金は雇用からのみ生まれる。

雇用は企業の国際競争や経常利益からもたらされる。


一方政府部門(税-政府支出)はどうか。

税収はピークの1990の約60兆円から→42兆円に。

政府の一般会計の50%が社会保障費の支出になる。

財政出動は有効需要の内の独立支出であることは定義づけられている。

中国はリーマンショック後57兆円(当時のレートで)の財政出動を車の購入の補助金や白物家電、

エネルギー補助に振り向けた。

自動車などへの補助金は、製造産業のすそ野が雇用を満たすものであることが分かっているからである。

日本の社会保障支出も補助金である。

補助金も資本の部に回るものもあれば、

単なる消費に費やされる種類のものもある。

だがそれよりも肝要なことは一般会計の50%超を占める社会保障費は

リスク性資本マネーとはまったく別物である、ということである。

ケインズの有効需要管理においては政府支出に依って穴を掘ってまた埋める、

というやうな財政出動でさへ、雇用が生まれるとされるが、

これらの有効需要は供給決定型でないことは確かだ。

政府部門(本来は独立支出→有効需要)であるべきものが、

政府部門(増税-社会保障年金)

政府部門(財政民主主義)

→政府部門(ソブリンリスク)

→財政リスクが

→【金融リスクに】

南欧などが抱える政府部門でのすべての問題は社会保障や年金、

つまり、財政民主主義とその既得権益者・抵抗勢力の問題に行きつく。

意思でもって為されなければならないことが分かっているのに、

それが一歩も前に進められないのは民主主義(選挙=高齢者)の欠陥である。

政府の独立支出(有効需要)が生み出されない。

財政民主主義は、一見正義というみめよきものを大上段に振りかぶって

あげくすべての経済の基盤である国家という母体を痛めつけ、衰弱させている。

大平さんのころから政府はいつだって歳入欠陥、

歳入欠陥→消費税→行財政改革(省庁再編なども)

冷戦終了後もグローバル経済が始まり、

資本主義市場経済のプレーヤーが一気に増えて、

世界はあらゆるチャンスに満ち満ちていたのに、

バブルがはじけたこともあるが、政府をはじめ官も民も全員が内向きになってしまった。

あらゆる世界の地域、部門で、アーリーエントリーのチャンスをみすみす失っていってしまった。

これらが日本を失われた20年の泥濘に導き出したすべてのような気さへするのだが。

政府部門(消費税増税-社会保障給付抑制ないしは削減)

どうして明確にこれが意思表示できないのか不思議でしょうがない。

待機児童に関しては総合子供園など、年間7000億円の予算とか、

毎年それでもおよそ人口で70万人くらい新生児が生まれて来る。

待機児童はその内たった2万6000人。

子どもにおカネをかけたいならば、老人の方をカットするのが当たり前。

弱者を本当に特定しなければならない。

共通番号制の導入が急がれる。


ケインズのいう“アニマルスピリッツ”や

シュンペーターの“アントレプレナー”は前者の供給サイドのこと。

スティーブ・ジョブズさんももちろん供給サイドの方である。

「消費者はおおかた、自分たちでさへ何が欲しいか知らないでいる」

とさへのたまっていらっしゃる。

貧しい国と豊かな国とに分けて来たものは何か。

株式会社を作ったのはイギリスとオランダだ。

議会が一番早く稼働し始めたのもイギリス、

すぐに中央銀行のようなものも創設された。

1600年前後、地べたにこだわり続けたスペインや地中海方面の国家は、

海へと開かれていったオランダやイギリスにあっという間にその覇権や、経済優位を奪われていった。

ナポレオン戦争でさえ、イギリスとフランスの国債のプレミアムの差は一目瞭然である。

理論的にもアダム・スミスやリカード、ミルにいたるまで、

経済自由を滔々と推し進めたのはイギリスで、

1840頃には“リミッテッド”という資本と経営の分離が定着された。

さらに、産業革命という内燃機関が資本と結びついて

世界の海へとさらに進出していくことにはなるのだが。

王さまではなく議会、

産業革命という生産性獲得、

銀行の機能・マネーセクターや、国債や債券の発行などの資本の調達コスト、

経営と資本の分離によるリスクテイク、

交易とさらなる内国における分業制、

なによりも自由という概念、・・・

もちろん植民地支配とか、貧困スラム、格差、環境破壊などのゆゆしき問題を

たくさん抱えてのキングダムではあったが。


倉石智證