これはまゐった

この色は眠らない

夜通しこの赤い橙色に

暗がりにぼんやりと光り続ける

夜に滲みでる

君子蘭

おゝ、なんといふ名前なのだ,おまへは

ずいぶんじゃないか

長いこと、長いこと

花などは忘れたやうに

来る年も来る年も静まりかへって居たものだが

この年

なにを思ったものだか

急に、花を

開いた


ばあばは驚いて伝へる

君子蘭が、花開いたよ

玄関の三和土たたきの端に

忘れたやうに置いておいたものが

ぱッと開いた

しかし、この色は眠らない

人が屋敷全部に寝入った後で

しずしずと夜を猟逍しはじめる


額にそっと降りてくる

前頭葉に浮かび

それから次第に辺縁系に入って来るのだ

雄蕊が6本、雌蕊を取り囲むやうに

赤い橙色の花叢は

握ってゐた拳が開くやうに

さうやって夢の中に開くのだ


君子蘭は眠らない

夜の底ゐにぱっちりと眼を見開いて

夢の暗がりに滲みでる

5月の先の6月のまへ

櫛形山のまはりにアヤメがびっしりと咲き群がるまへに

かうやって

唐突に

ばあばは驚いて伝へる

君子蘭の花が開いた


倉石智證