雪折れの辛夷はまだ花を点けない
親の幹には高々と
白い白い花叢が咲き乱れ
咲き笑みわれて
風にそよぐ
雪がまだ野原のあちこちに消え残り
小川がさらさらとゆくのが聞こへる
長靴を履いた妻はそれを手折った
まだあへかな産毛に包まれ辛夷の芽の
まるでビロードの毛氈のこまかく
絹の光沢に様々に色をかへすそれの
雪折れの辛夷はまだ花を点けない
妻はそれを部屋に持ち帰り
酒器の大ぶりの片口にポンと投げ入れた
あのカタクリの花はもう咲いただらうか・・・
妻は台所で蕗味噌を作りながらわたしに聞く
春の入り口では雪の片割れで
蕗の薹ばかりではなくカタクリも水芭蕉も忙しい
ひとしきりそんな話があった後で
みんなで上から覗き込むで、きっと咲くんだね
と声を掛けてみる
雪折れの辛夷はまだ花を点けない
親の幹には高々と白い白い花叢が咲き乱れているけれど
でも、それとてもやがては萎れて散ってゆく
色々不都合なことや不幸なこともあったが
そのころにはきっとこの部屋にも
おそいおそい春が来るだらう
辛夷咲くかけぬけるやう千昌夫
倉石智證
東北の俳人、桃心地さんの句を参考に。