やっと人生の主人公になったと思ったら
引ったくりに遭った
八十にもなってやっと人生の主人公になった
お巡りさんのところへ連れてゆかれて、さんざん喋らされる
いい加減に疲れた
やっと主人公になったのにね
来し方は交々こもごもである
来歴は計れない
杖をついて歩く
駅からマンションの間を
スーパーとマンションの間を
毎日のやうに
それが私の仕事だもの
舗道を見つめながらね
一歩一歩ゆっくりと、右足は引き摺るやうにだね
背中も大分丸くなってきた
右の肩甲骨の辺りが洋服を着てゐても
ぐっと盛り上がって見える
何をやってゐるんだらうと
でも、それが私の毎日の仕事だもの
部屋にゐても、まったく一人だから
倉石さん、新聞受けに一杯新聞がたまっていたら病院呼んでくださいね
時は老いをいそぐみたい
それが私の仕事なんだもの
いつものやうにスーパーで買い物を済ませて
舗道を杖をつきながら歩きはじめた
いやな奴
犬のやうにしつこくまといついて
おばちゃん、荷物持って上げましょうかと
しつこく、前になり、後ろになり
追い払おうとしたらさっと買い物袋を奪われた
もう、マンションの敷地に入ってからなのよ
わたしが助けを求めて声をあげたら
通路に人が出て来た
でも、そいつはもう逃げ去った後だった
いやな奴
いやな気分
ひったくりだって
お巡りさんのところへ連れてゆかれてさんざん長いこと喋らされた
あゝ、せっかく八十にもなって
やっと人生の主人公になったと思ったら
こんなことでね
あゝ、くたびれたわ
倉石さん、ほんたうにお願いね
新聞受けに新聞がいっぱい溜っていたら・・・
倉石智證