あっちに桜が咲いてゐるからと
そっちの道を選んだ
地蔵の笠に桜の枝が触れる
昔、漱石先生が子供のころに地蔵さまによじ上って遊んだんだとさ
太宗寺のお地蔵さまは赤いよだれ掛をかけて
眼を瞑ってゐらっしゃる
夜も大分更けたなぁ
地蔵さまの笠のうへは
桜の花のえらい笠になってゐる
それはなんだか桃色の重なった雲のやうだ
凝っと見つめてゐると
もう、おまゐりするしかないね
肩のうへにお星さまも見つけたよ
遠い高い空の上だ
けふはラッキーだ
少しだけ風が起こり
大枝がゆさゆさ揺れる
よう来たねと、
一年ぶりに喜んでくれているみたい
この太い枝とこの太い枝が龍のやうに
自在に夜の深い深い闇に
手の届かない闇の中に伸び上がってゆく
その太い枝々と
地から生えあがった何とも云へない黒々とした幹を見ていると
あゝ、また恋に魘うなされさうになる
ほら、こんな夜更けでも
どうかすると必ず一人くらいはみ出したやうな女の子がゐて
桜の大枝の下に腰をおろし
携帯をひらげ
あゝ、一体全体それはどこへ電波を送ってゐるのたらう
エレキテヰルが奔る
昔、平賀源内といふ突っ張ったえらい色男がゐて
煙草やさんと出来てゐた
あやにくと相棒は男だった
平秩東作へづつ とうさくさんとはなんともたいらなお名前ではないか
狂へれば歌
笑ひ飛ばす
蜀山人も山東京伝もね
ここから武蔵野を奥へゆくには馬しかない
内藤新宿は馬糞臭き街
でも、そこにあやめもあでやかに咲いてゐたんんだゾ
馬糞を踏んで正岡子規は内藤新宿を発ち
高尾のお山を目指す
花園には円朝の広大な竹藪のお屋敷があった
ラフカディオ・ハーンは瘤寺の桜の満開の下を逍遥してゐる
こんな夜更けでもどうかすると必ず一人くらいはみ出したやうな女の子がゐてね
恋に魘される
広げた携帯の灯りがぼうと女の子の顔を照らす
一体全体どこへ電波を送っているんだらう
ごうと風が鳴って
大枝がゆさゆさして
高いビルの奥の空にはお星さまがチッカリして
昔の人たちがぞろぞろと現れ出る
桃色はかげま陰間の桜哉
お地蔵さまの笠に桜の暈が触れて
もうぎょっとして思はずおまゐりするしかない
倉石智證