とうさんはあそこに埋めてあると

おかあさんはいつもこっちで祈っているけど

おかあさんが死んだら

おかあさんをおとうさんと一緒のあそこに埋めてあげようと思ふ

ぼくも死んだらあそこに埋めてもらおうと思ふから

そうしたらぼくも君もおんなじ大地で眠ることになるね

 

カンパネルラが窓を北にあけて外を見ているよと云ふから

寄って来てほしいとぼくがザネリに頼んだので

ザネリはだから遅れたんだ

大きな広場でみんな出てきてのんだり食べたり

話したり、踊ったりしていた

影が広場に敷かれた石の畳に幾重にも幾重にも不思議な形をつくる

その影が踊りだすんだ

でも、ザネリはそのことをずっと長いこと根に持っていていつも

僕の前に割り込んで来たり

耳の後ろでなにか符号のやうなことを囁いたりする

ふっと気が付くと舗石の通路のずっと向かうのほうにゐたりしてね

 

校長先生も

印刷屋の所長さんも

駅長さんも

もう、ずいぶんやきもきしてゐるよ

この切符を失くしてはいけない

この切符は大事だよ

広場の上の大きな時計の針がもうずいぶん傾いたよ

カンパネルラは北に窓を開けて外を見ているというが

そんなことはここにゐる誰一人として知らない

みるみるカンパネルラの顔は青ざめてゆく

何か重大な決意を迫られているんだ

 

ザネリくんの話を聞こう

うん、それはいい考えだ

ジョバンニくんも一緒に来てくれたまへ

 

ちゃうどその頃なめとこ山では大きな黒いものたちが

その栗の木と楢の木や山毛欅林の途切れた高い山々に囲まれた台地で

たくさん環になって一心不乱に祈っていた

それから、

「各々黒い影を置き、

回々教徒の祈るときのやうに、じっと大地ににひれふしたまま、

いつまでもいつまでも動かなかった。

・・・・ほんたうにそれらの大きな黒いものは、

参の星が天のまん中に来ても、

もっと西に傾いても、

じっと化石したやうに動かなかった」

 

またそのころ「注文の多い料理店」に入ってゆくものもあった

見も知らぬ深い山の中に入ってゆくと

とんでもないところに大きな鏡が置いてあって

じっと見やるとずいぶん自分たちが裸であることに気が付いた

その時周りの林がざわっとどよめきたち

山の大地が足元からぐらっと動いた

 

議会の高い建物に入ってゆく

「ジョバンニくん」と呼びかけると

振り返ってふっと笑って見せる

だけど真中まで出ると

みんないきなりわけがわからないけれどぞくっとして首をちぢめた

馬蹄形をした高い壇上のうへの方にはぽつんぽつんと人がゐて

でもみんな顔がぬられたやうに暗く

もじもじして退屈してゐる

君たちがよってたかってそんなことをするからいけないんだ

カンパネルラくんは南とか、西とか東とかにともだちはいないんだらうか

水祭りとかとまと祭りとか、花まつりとかをしやう

君たちの手を借りなくてはいけない

みんな首をかしげていたが最後には賛成する

 

列車はほんたうに来るのかい

カンパネルラは間にあうんだらうか

ともだちがいないのはほんたうにさみしい

でもザネリのやつだってほんたうはいいやつなんだ

それでもまだぼくらが愚図愚図していると

議会の高い天井の方から見えないけれど大きな声が響いた

「もう、たいがいにしてもらいたいものだ」

ぼくはさもそんなこともあらうかと耳をふさいでいたが

校長先生も印刷屋の所長さんも、それに駅長さんも

びっくりしてぴょんと床から飛び上がった

 

切符は大事だよねってしっかり握っていたら

なんだか掌の中で汗ばんでしまった

列車は発車し、ようやく駅頭から離れてゆく

あゝ、あそこにザネリがいるよ

手を振ってゐる

ザネリはほんたうはいいやつなんだ

ねえ、とカンパネルラに云いかけると

カンパネルラはひっそりとぼくの方を見やる

それからぼんやりと窓の外を見ていたが

走り過ぎる窓の外をいまでは

水祭りやとまと祭り、それに花まつりが大急ぎで飛んで行く

 

ぼくは我慢して云はないやうにしてゐる

カンパネルラだっていつかはすぐに僕の目の前から居なくなるのだ

カンパネルラはなにか重大な決意をし、

青ざめた顔はまたさらにあおい顔に翳っている

だいたいでもなんでぼくとカンパネルラにしか切符はないんだらう

ザネリはあそこで手を振っていたが、

あれはお別れのつもりだらうか

ぼくは聞きたいことがいっぱいあったが我慢していて

でもとうとう「カンパネルラ」と呼びかけた

僕たちはいっしょのところへ行くんだよね

この、水祭りやとまと祭り、それに花まつりが過ぎたら

さうしたら、ぼくをあそこへ連れて行ってくれるね

1979シャガール92歳「グランド・パレード」

愛情と喜びが横溢する


レールの継ぎ目継目で天井の明りが暗くなったり途切れたりする

ぼくは泣く決心がつかないでいると

ふいにカンパネルラは立ち上がって

車両のドアの方に向かって歩いていく

ぼくが泣く決心がつかないでいるままに

カンパネルラはドアを開けてそして後ろ手に閉めて

向かうの車両の通路の向うに歩き去って行った

水祭りやとまと祭り、それに花まつりがどんどん窓の外を過ぎてゆく

ザネリがやあ、手を振ってゐる

ぼくは最後にねこのやうにおお欠伸をする

眼の端から泪のやうなものが少しこぼれ落ちた
 

倉石智證