君、丘にのぼれ

まずは尽くせ一杯の酒

日の出山からまろび降り

街道に出ればすぐに

山村の端に酒旗がはためく

力蒟蒻のにほひが香ばしい

吉野郷に至る

大枚200円を払へば

老媼早くも頬に満面の笑みを浮かべ

お出でなさい


山に登れ

梅観山

ご覧じろ

君ら丘に登れ

まず尽くせ一杯の酒

紅梅といわれるが如く

つづらを上れば

松は緑に

梅はようやくに紅色に色付かんとする

うくいすの啼き出だすも早く

対面の丘の緑も

確かに敷くによしなし


御嶽は仄かに暖かし

ケーブルの緑に赤い鉄橋のうへをゆく

鉄路はようやくに20度を超え

杉林両側に緑芳し

やれやれ、花粉を繽紛ひんぷんと青空に放つ


山門に鳥居を潜りつゆけば

雪やあらむ

宮司のをもしろ気に

朝まだきのマイナスの寒さを告げる

二礼二拍手を済ませ

神妙に講の碑いしぶみの盛んに在ませるを下れば

右大臣、左大臣

すでに梅観を予感せんとす

はるかに山上の楼閣より見れば

武蔵野国はまたはろばろと霞に麓を朧にせり

あゝ、あすこに春の姫なる佐保姫が裳裾の霞みにうるみ


東雲しののめやあらむ

日の出山に上れば

老若のうかれ

山上のすでに浮かれ

陽の眩しく

こっふぇるに湯のさかんに泡立てるなり

湯の籠れる

山上のらう麺の恨めしき


はて、長きくだりのはじまりぬ

ここからは、やっこらさ

であり、えっこらさとなり

杉、檜のよく手入れされたるお山を

道の長きを

冗談にまかせて

春の日の

木漏れ陽のなかをいと健やかに下りぬ

山人の斜面に

折から昼食とて

大きなる真四角の弁当を手に

不思議に真上より我々の行くへなるを見降ろせり

かにかくに日の出山は美林なり


せっせと君の楽しみに奉仕するよ

おそれおののき

身をよじる

せっせっせ

あゝ、そのやうに呑んではならないのに


君ら丘に登れ

まず尽くせ、一杯の酒

ああ、そのやうに糖尿の人も

ステントの入れたるばかり人も

あゝ、意志の弱き人たちのなんたる驚き

紅梅のいまだ3分に過ぎぬ

ひとつふたつの白梅もあるが

をもしろき

蠟梅の黄なるがつづらに色を添へり

うくいすの啼きも出だせぬ

しかたなきにとある不老の鶯豆を宴に出しぬ

鶯豆の何と彩りの緑に翡翠の


君に勧む更に尽くせ一杯の酒

惆悵ちゅうちょうと春は朧に丘に過ぎゆけば

時を忘れ

ただ酒瓶に琥珀の酒の残り少なからむこと恨む

梅観の径をよちよちの子らがはいつくばって登りゆく

後追ふ母と父の

おゝ、心やさしき寛いだ笑顔の

どこやらに犬の鳴き声もして、

一山がすべて彼の梅観、吉野の郷とはなれり


さらに尽くせ一杯の酒

酌み交わす手と手が入り乱れて

旨いものを食べ

脳髄に紅梅の朧に霞みてゆく

君ら、丘に登れ

さらに尽くせ一杯の酒

あはれ

あはれ

サヨナラだけが人生と云ふ

あゝ、いずれ我等も誰一人なく

春の霞に消へゆくものなればなり


倉石智證