渦や波から逃れやうとすることは空しいことだ
それはどこまでも追いかけてくる
月の満ち欠けや
潮の満ち引きから無関心で居やうとすることは愚かなことだ
いつだってわれわれはその中にゐる
繰り返される時間や日常から離れるわけにはいかない
おはやう、云へばおはやうと
おやすみ、と云へばおやすみと
こんなに確かなことはない
そんな風にして
やっと死は訪れる
それなのに
何本もの大きな地を這う舌のやうな黒い水のことを忘れてはならない
すごいスピードで
畑や住居を巻き込んで奔ってゆくと
あっという間に
ご先祖様のお墓を舐めとるやうに引き攫った
高い塔屋を超えるやうな激しい真っ白な波しぶきのことを忘れてはならない
白砂青松のことを根こそぎうち流してしまった
夢を見ている
夢を見ている
時間が止まってしまった
横腹に砂交じりのものすごい重圧を感じ
津波が引き払った後には
鉄路のレールが飴のやうにへし曲がって宙にぶら下がった
いつも耳元や脳髄の奥深くの暗がりに聞こえる
調べ
くりかへし、くりかへし
しつやうに追いかけてくるメロディ
歩いていても
飯を食っていても
トイレに行くときも
片ときといへども離れない
ああ、しかし、それこそ心地よい
なんといふ深い慰めなのだ
入江に満ちてくるファドのやうに
桟橋や暗い艀を単調に叩き続ける波音のやうに
おはやう、と云へばおはやう
おやすみ、と云へばおやすみ
ああ、そんな風にして
断ち切られてしまったものはとりかへしがつかない
小雪交じりの風が吹くから
花はまだまだ地の下にある
悴むで
気配や匂ひからとほくにゐる
うずくまると背中が深い影そのものになる
ワンカップを持った右手はそのままである
ワンカップはそのままで
左手は下に忘れられたままだ
冬帽をま深く被って、瞼をきつく閉じる
眼を閉じさへすれば世界がいなくなると
くりかへしくりかへし、
耳元から離れないメロディ
哀しい、
といふにはあんまりだ
渦や波から逃れやうとすることは空しいことだ
それはどこまでも追いかけてくる
月の満ち欠けや
潮の満ち引きから無関心で居やうとすることは愚かなことだ
いつだってわれわれはその中にゐる
繰り返される時間や日常から離れるわけにはいかない
おはやう、云へばおはやうと
おやすみ、と云へばおやすみと
こんなに確かなことはない
そんな風にして
やっと死は訪れる
それなのに
倉石智證
