ぶつかると跳ね返りますから
ぶつからないでください
青い玉でも、
赤い玉でも緑の玉でもいいんです
最初は何処から来たんでしょうね
こっそりと
海の向こうから
ひっそりと山の向こうから
アガメムノンはいい人か悪い人であるかは分かりません
人の知らぬところです
アガメムノンは手を開いて5色のボールは指を離れた
好き勝手に
立方体や
32面体や
円錐形の中に
弾んでいった
ゆくへも知らぬ
である
ましてや
かの人が善をこのみ
悪を遠ざける
とか
生を怖れ
死を焦がれる
とかも知らない
ボールは、止まれ !!
ボールは形象の中で少しも予断を許さない
弾む
それは、弾む
緑のボールがぽーんと弾んできて
突然、大和大納言の牛車の中に飛び込んだ
女御がさめざめと泣いてゐる
一体どうしたんでしょうね
はずみでボールを呑みこんだらやや子が出来た
ててなし兒はいやだと泣いています
鉛白が泪でとれてだいなしです
お屋敷の庭では木靴を穿いた貴族が
ぽーん、ぽーんと蹴鞠を蹴り合って
アガメムノンの黄金の仮面
人は運命とや云わん
不確実性とや云わん
偶然とや云わん
表の表は裏で
裏の裏は表に
仮面の反対側は永遠に支配された冷たい闇だった
あんまりにもボールがあちこちに跳んだのでわけが分からなくなりました
平和で心弾む時はあまりにも短かった
この世界は真に偶然であるのか。
そこになぜ私たちは生きるのか。
決して偶然だけではない人生の意味とは。
自分で選んだのでは決してないのに、
世界は真に偶然であるかもしれないのに、
ではなぜ私はここにゐるのか。
このおびただしい不幸は宗教への契機だ、
と山折さんは云ふ
では、神が退いた世界にわれわれがかくも心細く放り出されているわけは
あちらに両手を上げて流されて行ってしまった人たちは
きやら、きやらと衣ずれの音がやみ
天がにわかに暗ずみ
地が波打ち、陥没する
海が吼え狂う
陸奥国地大震動。
流光如昼隠映。
頃 之。
人民叫呼。
伏不能起。
或屋仆圧死。
或地裂埋殆。
馬牛駭奔。
或相昇踏。
城郭倉庫。
門櫓墻壁。
頽落顚覆。
不知其数。
海口哮吼。
声似雷霆。
驚濤涌潮。
(貞観11(869)年、陸奥の国府、多賀城の官人が書き記した)
海口は哮吼えて、
声いかづちに似、
なみ湧き上がり、
くるめき、みなぎりて
アガメムノンは無慈悲で残酷である
誰もその裏側の顔を見た者はいない
冷たくボールを放る
方錐形のなかに無数の軌道を描いてはずみ
女御が泣き崩れ
牛馬がいななき奔り崩れ
殿御が長い廊下を一散に走って来る
ボールを蹴っているのは誰だ
長い塀がバタバタと倒れてゆく
昼なのに夜
波が覆いかぶさって来る
アガメムノンが海のうへを走る
黄金の仮面が波のうへを奔ってゆく
長い冷たいい夜を引き連れて
ゆく先々の暴虐の限り
花を毟り、屋根のうへなるものをことごとく引きずり落とし
たとへば
1030年、
ノルウェーのオーラヴ王は彼の軍隊とともにいた。
彼は夜間に長い祈りを捧げ、
まどろんで目覚めたときには夜が明けていた。
軍隊を起こす時だと知った王は
詩人トルモドを呼び
「われらに歌を聞かせよ」
といった。
詩人は朗々と歌い、
臣下らはそれを聞いて王とともに勝算のない戦いに挑み、
その日オーラヴ王は戦場に倒れた。
王は剣を高々と天に掲げ、
奔流する敵軍のなかへまっしぐらに駈け入って行った
ボールが投げられるたび
「偶然とは何か」を考える
ぶつかると跳ね返りますから
ぶつからないでください
唐丹のここは昔から桃源郷のやうなところだった
山の麓に駅舎があり
駅舎からなだりの向かうに海が広がっている
唐丹湾に面する花露辺けろべ地区。
約230人が暮らしていた同地区は、
あの津波で全世帯の4分の1が全壊した。
王は剣を高々と天に掲げ
負け戦だとは知りながら海の奔流に飛び込んでゆく
残酷なアガメムノンは頬を黄金にそめて海のうへを奔り
偶然のボールを投げ続ける
山の彼方からなのか
海の向かうからなのか
災厄は突如として地を攫い
女御は父のいない子をいぶかしみ
不憫に思ふ
裏の裏は表で、
でも誰もアガメムノンの後ろの顔は知らない
1876シュリーマン(アガメムノンのマスク)ミケーネで発見
アガメムノンはトロイア戦争の総指揮官(ミュケーナイの王)
倉石智證
ノルウェーのオーラヴ王の故事は、
(「偶然とは何か」イーヴァル・エクランド著)瀬名秀明・作家、評論
を参考に。
それにしても、
唐丹──とうに、と云ひ
花露辺──けろべ、と云ふ
なんと云ふ素敵な名前なんだらう。
わたしらがここを辿ったのは4/4日、
青空が時に割れ、はらはらっと小雪が舞ふ、
寒い、未だ寒いころのことだった。
