ミーレドミレド、ドーラド、ソーミドレ
no mother, no matter ,
I don't wanna do that.
ママは思いやりがある
ジャックは旅に出る
橋を渡るとき流れる川面を眺め
ついお母さんと呼び掛けてしまう
すぐに瞼に涙が宿り
目の前が見えなくなった
どうして男の子は旅に出たがるのだらうか
干し草の匂いや枯れ草の匂いは母に似て好きだが
堆肥の匂いや鉄を研ぐ匂いはたまらない
お父さんには内緒だが
お母さんにはさう云ってジャックは旅に出、山から海に向かった
お父さんもまんざらじゃアなささうで
すぐにお母さんの手を引っ張って寝所に消へた
お母さんもあと振り返りつ、ついて入る
食べろ、と云へば
いやだと云ふ
食べるなとと云ふと
やけになって食べる
ジャックはなかなか面白い
勉強なんかしたためしはないし、もっぱら普段は歩いてばかりゐる
顔色はいいし、脚も長い
ただ最近はお腹が出てきた
それで
いつも水平にばかり歩いていて疲れるばかりで
そのうへあまりにも退屈なので
たまには
もっとも少ない自分の人生で初めてのことだったが
垂直に登ってみることにした
上へ、上へ
豆の木は水さへ上げればどんどん伸びる
ジャックは鼻歌を唄ふ
つい、鼻歌が口をついて出てしまふ
ミーレドミレド、ドーラド、ソーミドレ
厩舎を出て
長いながい野菜畑の畝の丘を越えて
出会うすべての人には愛想よくていねいに帽子を取って挨拶を交わし
笑みを絶やさず
鳴く小鳥たちにさへ親しく声をかけ
感謝し
自分でもつい思ってしまう
どうして僕はこんなに人がいいのだらう
きっと素敵なお嫁さんが来るに違いない
また鼻歌がついて出てしまう
物語では白い雲を何度も突き抜ける
物語では何度も何度も白い雲を抜けて
ついには雲の上に出る
おかへり、という声がした
ずいぶんと聞きなれた懐かしい声だ
なんだ、お母さんじゃないか
えっ、と思ってまじまじとお母さんを見ると
お母さんはさっと僕に近づいてきて
未だ必死に鳴き叫ぶ鶏を僕の鼻面に差し出した
むんず首をとつかんで、さあ、と云ふ
おお、スザンナ、
no mother, no mother,
I don't wanna do that.
ママはにっこり笑って白い鶏の首をくっと絞めた
けたたましい鳴き声が天の小屋に響き
それからすぐにぐったりする
僕は急にがっかりしてしまふ
とりつくしまもなくなって俯いていると
おう、帰って来たのかと
お父さんは寝所から出てきて大きな欠伸をした
倉石智證