唐丹とうに

今頃はさぞさむからうに

雪は降ったか

青空に突然

さらに空が割れたかのごとくに

雪がはらはらと降る

幾千万の雪迎へが空に飛び立ち

きらきらと糸を満天にきらめかす

やがて雪が降るのだ


蒼々は海に

青々は海浜の松に

玄々は陸地に黒く

雪がちらつく

ふと、思い出したかのごとくに

割れた青空から雪がこぼれ落ちる

ふと立ち止まれば

人々はただそれだけで寄る辺なき旅人になる

手を後ろ手にして黒いケシ粒のやうになって

国道をトンネルの方にたどるのだ

右手には唐丹の駅舎がある

おお、おお、ここに何があったといふのだ

狭雑物が盛んに駅舎の土手に攻め上がる

大型トラックが焼け焦げた真っ黒な腹を見せてひっくり返っている

駅灯がグにゃリと折れ曲がった


国道をトンネルの方向に緩やかにカーブして

後ろ手にそれをたどれば

弓なりのその土手にも恐ろしき狭雑物が複雑に重なっている

主なき船

もぬけの家屋

屋根は土手に傾き

音無き世界に箪笥がてんでんに開いた

思い出の主なき裂きれがここまで

とりどりに溢れる

眼を凝らせば折れ曲がったアイアン

鍋釜もひん曲がり

底に微かな水をたたへる


見よ、土手から向かう

堤防は海を境に

ずっと小学校舎まで見渡せる

人っ子ひとりいないはずの

たった一人の人間が

廃墟の平にうずくまる

玄々と陸地は続き

空虚はむしろ匂いをなくす

眼路続く限り瓦礫の

手の施しやうもなき傾斜の

はた転倒の


こみ上げる胃液に

胸が早鐘を打つ

あの校舎に子供たちは

蒼々の海は膨れ上がり

もんどり乎と国道さへ越えて駅舎まで

狭雑物が胸苦しく渦を巻いた

あらゆる船、

あらゆる家屋、

あらゆる遊具、

あらゆる思ひ出さへも海の嵩の中に巻き込んで

ああ、あそこにゐた筈の多くの子供たちは

無心の笑顔の

素直な挨拶の


土手の木の下で

家屋が屋根瓦を下に

風が何度も何度も吹いて来た

波板トタンが激しく打ち付ける音

なんといふ突然のせはし無さ

唐丹の駅舎を背に

しばし呆然と廃墟を眺めおろせば

津波は海の彼方にはるかに去り

瓦礫はしらしらといたるところで乾き

今なお辰砂しんしゃは校舎の窓の空虚の奥に

鉛白えんぱくは蒼々の海の波の上の船に


一人の人の動く度に

ああ、あそこの壁には○印が

傾いで壁がからうじて残っている家の

ああ×印が

ああ、あそこの家では○が

とか散見された


坂上のトンネルの方で呼ぶ声がする

おーいと黒き友人の背の遠くに

足近くに蠢くものがありて

複雑な狭雑物の間を

いとも軽々と

真っ赤な鶏冠に黒々とした羽の

また声なき光の中に黒光りする

野生にかへるのかお前は

炯炯とした眼で孤高の鶏はわたしを見やる


唐丹、さむからう

幾千万の雪迎へが空に飛び立つ

きらきらと糸に光りて

やがて、ちらちらと雪が降りぬる

唐丹、さむからう

群青は海に蒼々

松は青々と海浜に

:玄々は陸地に黒く続く

霏霏ひひとしてやがて雪がすべてを埋め尽くす


倉石智證

4/3~5日、三陸。

釜石、唐丹、大船渡、陸前高田・・・

眼路続く限り、ああ、なんといふ瓦礫の。

○印は生存者、×印は犠牲者発見の場所か。

今ころから陸奥は雪がしまく長い冬に閉ざされる。

すべてが真っ白な雪の下に覆われる。