それこそ曲がった鉄砲玉のやうになって
いや曲がった鉄砲玉がお爺ちゃんの頭の中に入った
幾度か問えど素知らぬ難聴のきみの背中に心痛みぬ
プリンスオブウェールズをやっつけた
爆雷を落とすとすぐに水しぶきが上がった
16歳で兵隊になった
一式陸上攻撃機
あの大きな鉄のガラス張りの戦闘機がわたしのマザーだ
S17,2/15、バンカ沖
シンガポールが陥落する日になる
見事な戦果に日本国中が湧き立ったものだが
源六じい様は何か心優れない
60歳にもなった頃のことだ
本のページの奥深くにメモが挟むである
忘れもしないマレー沖海戦
操縦席の下にもぐって
爆雷のスイッチを引く
プリンスオブウェールズが被弾して、沈没
成功したことがせめてもの慰めだと
「おお、源、えらかったね、お前」
曲がってお祖父ちゃんの頭蓋にとび込んでしまった鉄砲玉をテーブルの上に出すと
さするかのやうに語りかける
お祖父ちゃんの鉄砲玉も懐かしくなって何か応える
そんな沈黙の会話が何分か続いて
でも、結局は納富のうとみさんも言葉をなくし口を噤んでしまう
座標が見える
ああ、あそこに座るとダメた
攻撃機は7人で
眼を見ただけで全員が寸分も狂いもなく全部分かる
さうじゃないと飛行機は翔ばないんだ
被弾、誤爆、戦友の死
ガスパル海峡沖でそんなことが起こった
曲がった鉄砲玉がお祖父ちゃんの頭蓋に飛び込んだ
気を失ったまま引金を引いた源六を
その後を追ふやうに
皆一斉に爆弾を落とした
報告書に記される
71ケの爆弾は全部が命中せず───
9人の戦友が死んだ
駆逐艦なんて
盥に爪楊枝が浮かんでいるやうなものさ
雷撃で行かなゃ
爆撃じゃあ無理
翌16日、遺体収容
荼毘ね・・・
わたしが火を点けた
焼けるまで佇っていた
ローソクと線香をいっぱい立てて
朝までいろいろ話ちょったのが
ぴんぴんしちょたものが
被弾するとたちまち火だるまになってね
手を振ってこうやって逝くんだからね
報国!?
思い出したくない
ソロモン諸島のジャングルで
骨ばかりになろうとしている一式陸攻がさ
さっぱりと蒼い色に染まっていた
曲がった鉄砲玉だけれどね
どうしたらいいと思ふ
テーブルの上の紙包みの中の
小指の先ほどの黒い塊り
家族が暮らした飯台は飴色に光って
無口のはずのお祖父ちゃんが何か語りかけようとする
仏壇に置いておくと
いつまでん忘れられんと思ふから
お祖母ちゃんは細々と云った
一生、そこで苦しんでゐると思ふからね
お墓に一緒に仕舞ふことになった
S19、婚姻許可が出る
源六さん24歳、アキさん19歳
むろん一目ぼれである
佐賀、武雄市
蒼い麦畑が広がりその向こうに
蒼い山が二つ重なる
お祖父ちゃんは亡くなった
「おお、源、えらかったなお前」
天一號作戦
大和がやうやうと出てゆく
お祖父ちゃんの第一振天隊は台湾から出撃
目の前の特攻の攻撃の後に魚雷攻撃をする
同じ飛行機に乗っちょったから心は一つさ
人は帰って来なかったけれど
自分だけ帰って来た
ある人はテーブルの前で
ある人は椅子に腰をかけて
ある人は塀の外に腰をおろして
「そんなことはな」
「さういふことは云はんよ」
すぐにみなかたくなに口を噤み
長い沈黙はいつか涙になる
読経の声が洩れ出てくる
紫陽花の濃い紫が門前に咲いてゐる
S21,3月源六祖父さんは帰って来たが
お祖母ちゃんが云ふやうに耳が聞こえなくなっていた
幾度か問えど素知らぬ難聴のきみの背中に心痛みぬ
S20,4月、台湾に渡り
それから源六の機のみが帰って来た
わたしはお祖父ちゃんが還暦のころに生まれた
長い長い時が過ぎたのだ
たくさんのおじいさんの間を、訪ね、尋ねてゆくうちに
でも、奇跡が起こった
源六お祖父ちゃんの壊れた懐中時計
硝子盤は罅が入って
一向に動こうとしない
一式陸攻の中で7人の命を刻む
古い時計屋さんはいとも簡単に裏の扉を開ける
ほらね
時計が針を動かしはじめた
「ほんとだ、ほんとうだったんだね」
お祖母ちゃんの眼がしばたたいた
その時計の裏側にはお祖母ちゃんの若かったころの写真がしっかりと収まっていた
倉石智證
11,10/23日、TVで放送。
ロンドン軍縮会議を受け、艦隊の制約に対して作られた。
最高速度=440㌔、航続距離=2500㌔
2400機作られた。
航続距離を重視するあまり防弾は取り払われ、
被弾するとすぐに燃え上がったようだ。
米軍の呼称は“ベティ”、しかしよく燃えることから“空飛ぶライター”とも呼ばれた。
納富さん、マレー沖海戦を───
真珠湾奇襲攻撃で敵の戦闘機は無かった。レーダーも無かった。
だからあそこまでできたんだ。
みんな腹をくくっていた。
死に対してはまったく頭の中から取っ払われていた。
アメリカはその後レーダーの回復に力を入れてくる。
それなのに昨日やられたのに、ああまたか、てね、
兵学校出身の指揮官がまた同じ作戦命令を。
こればっかりは話すまいと思っていたが、
その後の攻撃で危ないところへ単機で行くときは爆弾を捨てて帰って来た。
10人中、5、6人はそうだったな。
上に対する反抗心さ。
「この野郎、ぶっ殺してやる」
むざむざ仲間が死んでゆくんだ。
