「亭主の好きな赤烏帽子」

どこの国のどの母親も

Vamos(さあ)

バーモ、バーモと云って頬笑みを浮かべ

誰しもをも家に招じ入れる

父が亡くなったからみんなが気を使ってくれる

Non para politica(政治の話はしないで)

橋を渡ったらパンが硬くなった

とんでもなく不幸なことがあった

麦をつくるなら麦をつくりなさいと平地で云われた


黄金の銃をかざしながら今日、

カダフィは死んだ

いや、黄金の銃は兵士の手の中にあった

誇らしげな兵士たち

空が眩しい

こんなにも呆気なく幕が下ろされるなんて


殴られ

蹴られ

髪を毟られ

血だらけになって

トンネルに入る時もそうだったが

トンネルを出るときはよけいに普通の人になっていた

本当にただの老人になったのだ

最後の命乞いをしてみたが

空は眩しくて

眼の中を赤い血が彷徨う

多くの死んでいった他の若者たちもそうだったが

乾いた砂漠にカダフィの血も流れた

野ネズミそのものだった


黄金の銃青空にかざしつつカダフィの死すトンネルを出る


引き摺られて頭や顔から血を流している

たちまちリンチに遭う

それから頭と胸と腹に銃弾を撃ち込まれたのだ

その死体は今は飲食店の冷蔵庫にあって、

人々は死者とお別れするためではなく、

それを見るために長い列をつくった。


「生かしておけ」

「神は偉大だ」

「殺せ、殺せ」

「かわいそうだ」

それを見せられたクリントン長官は

「ウわぉう」と叫んだ。


人の死がかくも嬉しきものだとは神が作りし姻族われら

神も天も人間の為に何かしてくれるわけではない

天は人間にもまったく無関心だった


どこの国のどの母親も

Vamos(さあ)

バーモ、バーモと云って頬笑みを浮かべ家に招じ入れる

それでも麦を作るなら平地がいいと

もうどんな人でも死んではならないと

橋を渡ったとたんパンが硬くなる

麦をつくるなら

政治の話は

Non para politica

Non para politica


「亭主の好きな赤烏帽子」

倉石智證

日本人の母親とリビア人の父親を持ち、

少年時代の 多くをリビアで過ごした、アーデル・スレイマン(23歳)慶応大留学生は

「リビアにとっての新しい出発には(カダフィの死は)いい終章だった」

となむ、流ちょうな日本語で。

砂漠地帯の発想では血の一滴までが峻厳で詩的に聞こえる。

湿りあり逡巡する日本人ではなく、限りなくためらいがない。

いや、何も決められない日本人こそ、太平にずぶずぶしいゐるのか。