洗面器に乗せられたジャン・ジュネ

かってこんなに弱気になったことはない

サルトルをからかふ

でも今は逆さになった洗面器の上に乗せられて

赤い薔薇を薄い唇に咥える

尻を出せ

あらためて嬉しさうに

頬を染めて

でも、本意ではないのだ

何にもまして

齢をとった

さて、だからというわけではないが

ちょいと化粧でもしてみやうか

サルトルにたてつく

ちょいと噛みついてみる

すぐに、でも、衝立の後ろに逃げ帰る

心もとないなぁ

下着がずれてくるんだもの


神はゐるのかい

いや紙ではないさ

唇に赤い紅をぬったはうがいいだらうか

少しでも恥ずかしいはうがいいな

薄いアルミのひっくり返した洗面器の上に乗って

待ち構へてゐる

はて、どんな仕打ちが突然やって来るのかと

出来るだけ羽交い絞めにされて

いや、ないしは

まったく無視されてでもいいのだが・・・

尻を蹴飛ばせ !!


かの60年代

ビルの上と下とが逆さまになった

西と東があべこべになった

整然と歩いてみてはいるのだが

ロカンタンは木の根方にゲロを吐く

出来るだけ恥ずかしい方がいいと

できるだけ辱められた方がいいと

あぶないよジャン・ジュネは

洗面器の上に辛うじて乗っかって

片ちんバの照明の中で

自由とはこれだと

手と足をじたばたさせた

紅に塗った唇に

赤い薔薇をこれでもかと咥えて見せて

もはやそれまでになるとしっちゃかメッチャカで

舞台の上はとても終始がつかなくなって

恥ずかしくないのかい、おまいさん

われわれは神を待ってゐる


倉石智證

60年代───

ああ、面白かった。

酔って疲れれば、地面の上に寝転ぶだけさ。

店に入れば三島由紀夫の褌ヌードが壁一面に。

実存は理性的秩序に先行するのだ。

われわれは常に助詞の「──に」に瞬間瞬間に身を委ねている。

ムルソは云うのだ。

「夕べマモンが死んだ」

殺人なんて突然たはいもなく起き上がる。

海の上の黄色く歪んだ太陽。

カフカのグレゴール・ザムザ氏もヨーゼフ・Kも、

意味不明に街区を走って行く。

それこそは、まさしく

自分で自分の死に手を貸すかのやうな微熱に駆られでもしたやうに。


ロカンタンはサルトル「嘔吐」の主人公の若者。