「亭主の好きな赤烏帽子」

★「希望」

人々は一般的に貨幣に縛られている。

通貨とは欲望や思惑、差益、希望や、未来でもある。

通貨は流動性と、信用と、市場リスクによって刻一刻と変容していく。

■「QE2」金融緩和は本来的な貨幣価値の下落を意味するから、商品の名目価格の上昇を招く。

■先物は将来の価格を情報として提供しており、その情報を利用して意思決定できる。

■金融緩和なども含めて政府は有意な「先物」をいつも提供すべきだ。

■資産の目減りは消費意欲をそぐだけでなく、

担保価値の減少を通じて企業への貸し出しを制約している。

■総需要不足のところに、激しい供給ショックが襲ってきた。

■人々は市場価格を信奉し、模倣する。

■売られ過ぎの水準、上がり過ぎの水準が(逆張)を率先させる。

■過大評価の場合は額面で買って、名目で売れれば差益が出る。

■過小評価の場合はインフレになるよと脅される。


市場によると───

神の手により個人も企業も利益を得ることができるとされたが

今は別に神の手によって罰せられているかのやうだ。

市場には誰でも参加できて、差別されたりもせずに、

立ち寄ったり、値切ったり、世間話をしたりして値段が決まってゆくものだと・・・

人間が値切られ始めた。

グローバル経済に組み込まれてゆくと、

必然的にモノは足りなくなり、人は余るようになる。

効率化は人間を数値で表すようになり、指標は呵責で容赦はない。

生産性はオートメーション化だけではなく、世界分業を促し、

付加価値をもたらさない人間は買い叩かれるか、市場の外にはじき出されるのだ。


会社(組織)のモラルハザード───

「個人が自分のポケットに1銭も入れずに、

会社をもうけさせようとした結果、犯罪者になるとしたら、会社が悪いですよ」

話は飛ぶが、小沢一郎と、その秘書たちの関係に似ていなくもない。

九電などの“やらせ”の構図とも似ていなくもない。


景気を良くしようと思ったら、

小さなバブルはいつも必要となる。

人為的に作り出すためには(それをすれば儲かると)囁き続ける必要がある。

もちろろん、政府は先物を提示すべきで、

政府の先物とは「介入」ではなく、内国法によって「インフレターゲティング」を規定し、

それに沿ってじゃんじゃん輪転機を回すというやうな。

どこかの国とか、先進国だから恥ずかしい、とかではなく、

内で決めた法律なんだから、

飢え死にするのがいやだったら、粛々と進めるしかないのではないか。

日本がデフレから脱出できれば、そして、景気を取り戻せれば、ひいては

ASEAN、欧州、米国や、他の国にとってもいいことには違いないのだから。

中国だけに需要のけん引を任せるなんて、ちょいと世界の不均衡この上ない。


バブルは起こった。

強欲はマーケットにつきものだが、

経済学者は間違ったとしても一向に罰せられない。

おかげで死人もいっぱい出ているのに(98年からずっと3万人を超える日本の自殺者)、

恬として恥じいる風でもない。

こは、どうしたことか。

計測可能であり起こり得るリスクのみに直面するとしてきたが、

実際は常に不確実性ばかりが伴ってゐる。


貨幣は衝き動かす。

持っているのと持っていないのではえらい違いがある。

使用価値であり、交換価値である。


値ごろ感は、勘定の世界と感情の世界が接合したところに位置する心理的なもの。

経済学は世界の共通言語だ。

高度経済成長のころ僕のところでは雑木林が蜜柑畑に変わった。

ところが我々はいつも価格付けを誤り、わたしたちの決定や人生を惑わせる。

多くの庶民は正の価格付け(金融リテラシー)には参加できず、

負の価格付け(山田電気やユニクロや牛丼など)を通して川上に迫る

ないしはさらに川下に落とされる、という経済になっている。

■(ソルベンシー)計測可能であり起こり得るリスクのみに直面するとする。

偏差値は起こり得る可能性の真ん中。

資本主義は膨大なリスクマネーの調達を可能にし、

かって植民地主義は世界を分割し尽くした。

蒸気機関車や鉄道、モールスや携帯やネットにいたるまで、

確かにこれまであったはずの一方での生物学的速度の地球の秩序を根本的に変えてしまった。

■ギリシャやイタリアや米国ではデモが起こるが

中国(一党独裁)や

カタール(王さまの国)ではデモは起こらない。

民主主義のコストはまったくバカにならないどころか、

ここにきて世界の不安定に手を貸してゐるありさまだ。

■ところでデモも、世界中に起こっている洪水も、

文明の進化の過程での同軸ではあるまいかと、つらつら考える。

■ところで「進化」といへば、交換、交易、貿易、

とくに比較優位という概念の中での分業と全員参加は、

世界を目覚ましく発展させ、大衆の厚生福利に資することになったことは明白だ。

ワインが得意な国と、羊毛が得意の国がある。

体に障害がある人と、健常者がいる。

健常者が全部の仕事をするよりも、それぞれの出来る仕事を分業した方が、

全体の生産性が圧倒的に上がることになる。

人類の文明の進化は、かくして比較優位の上に成り立ってきたのだ。

それぞれの国が得意の分野を持ち寄って、世界全体を豊かにしてゆく。

しかし、比較優位が、それぞれの国の産業を階級的に世界で位置付けてゆくことも確かだ。

たとえば、ぼーっとしていれば、ベトナムは中国の下請けのままになることだってあり得る。

資本主義的自由は、そこに機会均等という平等の概念が織り込まれていること。

切磋琢磨の環境が、世界のイノベーションをさらに可能にする。

明治維新、太平洋戦争後、

1952(サンフランシスコ条約発効)以降は、とくに日本は西側諸国と結びつき、

自由貿易によって太平を謳歌するようになったのだから。

中国も、朝鮮も、日本が殖産興業にいそしんでいる最中も、

まだ鎖国の状態を続けていた。

TPP反対者出で来い、と云いたい。

歴史の中にすでにありありと未来が隠されているのだ。


ついでに「つながる」と云う意味───

ちなみに「n(n-1)/2」(電話)というお話。

電話の利用者が一人のときは、なんの価値もない。

2人になるとつながりが=1つできて少し価値が生まれる。

3人になると、つながりの数が一気に2本増えて=3になる。

4人目になると1人増えるだけで、つながりは=3増えて→6に。

すなわち「(4×3)/2=6」になる。

以下、式で表すと「n(n-1)/2」となって2次関数的につながりが増大していく。

(國領二郎・慶應義塾大学教授09,3/10日経)

■細胞間ネットワーク、人間が他との生物との違い。

貿易自由化。

「つながる」。ネット、グーグル。フェイスブック、JOBSさん・・・

民主主義とはお友達をたくさん作ること。

仲間を増やすことである。

もう米国の“友達作戦”を忘れたのか。

同盟とは相手の喜ぶことをしてあげること。

シンガポールは地政学的重要なポイント。

TPPは安全保障的見地でも進めなければならない。

それが沖縄へのお返し、でもある。


牛は子牛から成牛になることで見事な市場価値を有するようになる。

■妊娠出産における機会費用。

第3号被保険者と共働きを考えた。

何億年もの淘汰から生き延びてきた生物的根拠に基づくべきだ。

集団においてもcellにおいても「みなし規定」などというものはない。

人間の考え出したあさはかなつじつま合わせだ。

それが、1986年に出来たというのだから、

中曽根さんもどっか間違えている。

小さな政府が世界で流行り出したころのことだ。

せっかく国鉄民営化を果たしながら、片方でブレーキを踏んだ。

賃金も含めてマネーは、古来、労働の対価として支払われる。

家に付随されるべきものではない。

遺族年金のシステムだけで十分のはずである。


牛は馬(騎馬、戦闘)ではなく、耕作(カルチャー、母性)に近いのださうだ。

牛は使用価値もあり、乳牛も、肉牛も、市場価値となる。

養う、という意味では本当に牛は母性そのものである。


猖獗を極めている世界の若者たちのデモ。

荒々しい世界での洪水の荒れ狂い。

過剰な文明の進化のひずみが、

片方では若者たちの失業、

片方では温暖化による天からの鉄鎚、となって現れた。


「亭主の好きな赤烏帽子」
★「花に願いを」


倉石智證