瓦礫の中のピアノ教室

瓦礫の中に大きい草が生えてきた

覆い隠してゆく旺盛なそれの

緑緑がわたしの心を絞め殺す

錆びて突き出た鉄骨

遠くの子どもたちの声


わたしのピアノは海に流れた

波の調べを奏ででもしやう

瓦礫の中のピアノ教室

わたしのピアノは砂に埋もれた

味気ない砂の、声に出しても

音に出しても砂を噛むやうな

仮の住まいで

みんな流れた


私は一人だ

壁に向かって座り黙り込む

外はたちまちじりじりと灼けてきて

わたしも壁もひとり汗ばむ

時計の音ばかりが先へと急かし

メトロノームが頭蓋に響く


そんな時

こんこんとドアを叩く音がして

すぐに賑やかな子どもたちの声がドアを開けた

外は海岸まで真っ白な道で

やいのやいのと子どもたちが手を引く

瓦礫の中のピアノ教室

あんなことがなければいつまでもピアノの前で

子どもたちといっしょにピアノを弾いていたものだが

確かに私のピアノは海に流れた

今では海の音さへ奏でない

実際部屋にはピアノはもうなかった


やいのやいのと子どもたちは私の手を捉えて

瓦礫と丘の境の家へ

少し坂道に、鶏頭の真っ赤な花が咲き

そんな家の中には

立派に真新しいピアノがあった

子どもたちはピアノを弾けといふ

わたしをピアノの前に座らせて

わたしを取り囲んでどうしてもとせがむ


やさしさうなお母さんが出てきて

さっと窓を開け放った

心底外はじりじりと焼けつくほどだったが

さっと風が吹いて白いカーテンが翻って

海の方まで見えた

わたしのピアノは海へと流された

私のピアノは砂の中に埋もれた

わたしのピアノは瓦礫の中に

わたしのピアノは錆びた鉄骨に寄せられて


窓の外には瓦礫が広がる

海と空の交わるところまで

黒ずんで青草が立ち、かげろうに燃える

お母さんは窓を海へと開き

それから黙って部屋を出ていった


わたしのピアノ教室は瓦礫の中だ

積乱雲が湧き立つから

わたしの指は思わず鍵盤の上に

ペダルを踏めば足に砂が絡まる

眩しい光がパイプオルガンのやうに降りそそぎ

真っ白なシャツを着た男の子や女の子が

手を叩き踊り出す

たちまち汗が噴き出て

黒い鍵盤を濡らした


瓦礫の中のピアノ教室

さうだ

いつまでもいつまでもこうして弾いていやう

子どもたちの影がやがて静かに海に消えてゆくまで

白いシャツの小さな子どもたちの影が

小さな小さな背中となって

やがて波の向こうまで・・・

足のペダルに砂がからみつく


ふと気が付けば

お母さんは海の方を見ている

柱に寄りかかって

窓は完ぺきに開け放たれている

矩形の窓の外には真っ赤な鶏頭の花が咲き

カーテンがまたさっと翻った


倉石智證

実際にピアノばかりか家ごと一切流されてしまったピアノの先生がいた。

しばらくはあまりのショックにピアノを弾くことさへ忘れていた。

避難生活は仮設住宅でひとり続く。

鎌鼬が何かをごっそり風景の中や、人の心の中から攫って行ってしまった。

小さき子どもたちの幻影ばかりがちらつく。

やがて夏草が否応なく辺りを埋め尽くしてくる。

ピアノは海に流されてしまったか、

砂の中に埋もれてしまったのだ。

二度とピアノには触れまいと思っていたのだが・・・