戸を開けて───
まこちゃん居るがや
おらのまごちゃんだ
昔と云い過去と云い
彼はたそ
お前は一体なんなのだ
たった二つしか離れていないのに
口をあければTOMOはばがだなあ
あれま、そんなことも知らねへだが
TOMOはほんとにばがだなぁ
たった二つしか離れていないのに
おらのまごちゃんはおらの姉さだ
家は貧乏で
米びつの底に虫が動く
中学生ともなると腹をすかす
姉さはもらはれて行った
口減らしだなぁあれは
おふくろは泣いたか
オヤジはえっ刻(一刻)だ
めえちゃんと遊んだものさ
男みたいだった
あっぱまって来るから待っててね
はずかしいことなんかないさ
一緒になってめんこをする
市川雷蔵に蝋を塗りたくって
アカも集めて売ったな
引込み線に貨車が来る
零れ落ちた鰊を拾って食べた
男みたいだったな
めえちゃんとよく遊んだ
中学になってまごちゃんはもらわれていった
あっぱまゐらす
悪糞をまゐらすって
待っててねと云って
少しも恥ずかしいことなんかないさ
めえちゃんはそれから北高にいって
それからしばらくして死んだ
ハンサムだったなぁ
TOMO、お前、そんなところに座って飲んでばっかゐると莫迦になるぞ
体も動かさないで
まるでぼごだな
ぼごみたいになっちゃって
姉さはと中学を卒業すると
紡績工場に働きに出た
集団就職は駅で見送る
おふくろは駅にちっこくなって
だんだん遠ざかる
おふくろは泣いたか
七千円も稼いだんだ
姉さはもらはれて行った
姉さは紡績工場に身売りしたんだ
仕送りはほんとうに助かった
おまいは赤まんまの歌をうたふな
米びつの底にコメが残り少なくなって
穀蔵虫が蠢く
穀蔵虫はあはれ
中学にもなるといつも腹をへらして
穀蔵虫はあはれだ
姉さは身売りをしてもらはれて行って
仕送りのおかけでずいぶん助かった
わたしは高校へ通うようになった
東京へ行ったな
デモに行っておまわりさんに石ころを投げた
TOMOは動かないでそんなに呑んでばっかりしてゐると莫迦になるど
二歳しか違はないのに
TOMOはぼごみたいだ
身売りして姉さは
お陰でわたしは高校に通うようになった
屋敷の畑に韮の花が咲く
白いレースのカーテンが広がるやうだ
蝶も虫たちも翔んでくる
古い思ひ出の角々にふっと顔を出し
じっとこちらを見ている
かはたそ
お前はいったいたれなんだ
昔と云ふ過去と云ふ
韮の花が咲きレースのカーテンを引いて
TOMOはばがだな
ぼごみたいになって
戸を開けて
今日もまこちゃん
ゐるが?
さういへば
めえちゃんとは初恋だったのかと
聞くのを忘れてたな
倉石智證
TOMOとは私の幼少のみぎりよりの呼称
ぼご=赤ん坊
「彼は誰ぞ」=かはたそ
あっぱまって・・・悪糞まゐらせて
アカ=銅線の類。金っけのものは何でも秤で売れたものだ。
大量に採れたニシンは当時肥料にも使われたらしい。
貨車からこぼれてレールや枕木の間に落ちていたものである。
えっ刻もん=頑固で短期で・・・一刻者
「おまえは歌うな
おまえは赤まんまの花やとんぼの羽根を歌うな
風のささやきや女の
髪の毛の匂いを歌うな」
中野重治は共産主義者で、そしてそれから崩れた。
集団就職のころ、日本では、
まだ貧しさなんていたるところにあった。