ヌーが河を渡る
ワニが待っている
ヌーが一斉に川に飛び込んで河を渡る
ワニが待ちかまえている
土煙りを立ててヌーが川に飛び込んでゆく
列をなして、ヌーの、一斉に、万というほどの数の
必死の形相に
眼が皿のように見開かれて
ワニが河深くに待っている
まっ茶色の河深くに目だけを用心深そうに出して
河の上も大地の上もアフリカの空は良く晴れ渡った
ヌーの皿のやうに見広がった眼にも
無情なワニの眠そうな眼にも
空は青さを映し込み
恐怖が眼にも筋肉にもありありと浮き出る
土埃をたてて
草原の崖の縁から
地響きを立てて立て続けに河にとび込んでゆけば
ワニとてもおいそれとは近づけないはずだ
だが、ワニにしてみればなにしろ川面に飛び出したいくらいな御馳走の列だ
硬いヒズメに硬い鎧が触れるたびに
だが───
ヌーが河を渡る
ワニが待っている
ヌーが一斉に川に飛び込んで河を渡る
ワニが河深くに待っている
ああ、ダメだ、だめだ、列から離れてはだめた
河を横断するヌーの黒い波打つ背中の列
うねるやうに勢いをつけて河を渡ってゆくが
ああ、ダメだ
何頭かが列から漏れ出て
流されるやうに少し外れて
眼がゆっくりと動き出す
恐怖が足掻く脚を鈍らせる
ああ、だめだだめだ列から離れては
まっ茶色の水流にいきなり引きずり込まれ
渦巻く川面にヌーは黒い鼻づらだけを最後に見せて
それからすぐにまっ茶色の水が少し赤く濁った
生と死が逢着する
そんな死の傍らを
少しもとどまることもなく
何百何千頭ものヌーの黒い背中が波打ってゆき
岸近くになると跳ねあがるやうにして崖を駆け上がる
水に濡れた革肌がさらになめしたやうに輝き
みな一目散に列の列の最後を目指してまた駈けてゆく
母のヌーが立ち止まった
岸の近くの青草の崖の上に
幾度も幾度も河を振り返る
頸を振りながら何度も啼いた
立ち去りがたい
母のヌーの泣き声は
まるでなんだか人間の言葉のやうにも聞こえた
葉切蟻が一生懸命緑の葉っぱを運んでいる
真緑の葉っぱの長い長い列が続く
葉切蟻の強靭な意志がはっきりと黒い列になって続いてゆく
何が何でも運んでゆくのだ
幾何学模様のモザイクのやうに切り刻まれた真緑の葉っぱ
陽の光がまぶしい
けふも・・・
母のヌーの泣き声は
まるでなんだか人間の言葉のやうにも聞こえた
倉石智證
カルザイはダメだ
カルザイを信用してはいけない
カルザイは列を離れ
今度はパキスタンへ向かった
眼は急激に勢いを失い
恐怖に足元さへおぼつかない
もっと大地を自分の足で蹴りあげるほどの元気が
立ち竦むのではなく
しっかりした集団の強靭な意志のやうなもので列を組んで
こんなにも自由のためなら自分をなくしてしまってもいい、というほどの
でも、
カルザイは列を離れた