わたしはポーター
なんでも運びます
袖口の金のモールは運ぶことの誇り
3番ホームに長旅からの列車が滑り込んでくる
疲れた足取りの兵士の重い外套
あなたをテーブルにいざなひ
そして食事をふるまふ
まずはケチャップにマスタード、酢をかけて唐辛子をまぶす
なにしろ寒いところからの3番ホーム
芯から冷へた体を温めるためには
マトン、玉ねぎ、じゃがいもを入れたシチューを
私はポーター
しあわせを運びます
袖口の金のモールは運ぶことの誇り
あなたの重い外套をください
無精髭をあたりましょう
10月はとくに私の季節
牡蠣を口中に含めば
まさに海のミルク
口蓋の星屑、舌に潮が満ちてくる
バラライカをかき鳴らす
あとは愛する女と体を合わせるだけ
牡蠣の塩味は接吻にぴったし
夜も忘れる
やがて子どもも生まれるでしょう
わたしはしあわせを運ぶコウノトリ
そのころは春も過ぎ、夏が訪れ
ヒマワリ畑が辺り一面をうずめ尽くし
つばの広い帽子をかぶった女がやって来る
列車は3番ホームに
尊大ではないが、この人もある確信を持って
他のことには目もくれずに
腰から前へ進む
わたしはポーター
悲しみを運ぶ羽目に
一目見た瞬間に確信はすぐに崩れおれ
本当の悲しみが女の胸や頬を次々とはげしくうった
冷えたシチュー
顎に手をやり、テーブルにひとり
灯りもつけることなく、マスカラもとけて流れた
戦争なんてなければよかったのに
テーブルの上のむかしの写真をむちゃくちゃに打ち破る
おおきな大きな戦争が過ぎて、あれから数十年がたった
時季は老ひて、しかしその相貌はますます厳しい顔つきになった
最初は誰しもの耳にそれは福音のやうに心地よく響いた
自分の家が持てるなんて
家族といっしょに過ごせる仕合わせが
世はしかし累卵の蛇の腹
強欲といふ名の
わたしはこのごろ不幸を運ぶほどの者に
それこそその名の“デビルド・エッグ”
ルイス氏はその前菜の皿の前で
「素朴な卵がこれほど複雑な、
それでいて魅惑的な商品になるとは、誰が気づいたのだろう」
と───
私はポーター
私も齢を老ひた
不誠実ではないが
このごろはただただ不幸を運ぶ羽目に
私自身がたへ切れないほどの不安に陥り
誇りとする金の袖口のモールも綻んで
3番ホームでただ為すこともなく、木偶の坊
茫然と佇んでゐるばかり
次の列車はまだ来ない
倉石智證
「ひまわり」と「ドクトル・ジバゴ」がこんぐらがって一緒になった。
ただ“累卵”だけは確かだ。
(リーマン・ショック08,9/15)
複雑で魅惑的な卵料理は、ウォール街にあふれていた証券化商品の隠喩。
住宅ローンという何の変哲もない金融商品から
ABS(資産担保証券)や
CDO(債務担保証券)が量産される様子を、
ウォール街の名門だったソロモン・ブラザーズ出身のマイケル・ルイス氏が著書で
昔の上司と昼食をとる場面となって描かれている。
(ウォール街のデモ11,9/22日経)
「銀行救済より仕事を」
「ウエルスケア(金持ち優遇の意味)をやめろ」と怒りをぶちまける。
「(銀行と証券業務の垣根を定めた)グラス・スティーガル法で再強化を」
「高頻度取引に規制を」
形を変えた不幸や災厄が世界を覆っている。