髭のそよろに吹く風の

虫が鳴きます

さあ、姉や


しかられて

裏の木戸には

コオロギのるるろるるろと鳴いてます

空に明日は満月の

かうかうとそら、おそろしく

土蔵の上をまっすぐに

糸で吊るせるお月さま


しかられて

下駄はき母屋姉さんは

手拭ちょいと髪をかくし

裏の木戸から外へ出る

知ってます、どちらかといへば悲しみの

知っています、どちらかといへばままならぬ


石垣の石の大きささまざまに

その石垣のどこかには

耳をすませば聞こへます

秋吹かば髭の曾夜露に鳴く虫の

馬をひのすひーん、すひーん

ああ、なんと

此方彼方乎、またあちら

ひげの曾夜露に姉さんは

手拭はずし、耳すます

目はびかびかと月を見て


糸引き車、姉さんの

嫁にいきたし、ぜぜこなし

裏の木戸にはこほろぎの

るるろるるろといま盛り

石垣伝い石冷へて

明日満月のかうかうと

土蔵の影の真っ直ぐに

石を照らせば鳴き出だす

ひげのそよろの虫たちの

秋の夜長の姉さんの

灯りぼんぼり消ゆるまで

どちらかといへば悲しみの

どちらかといへば喜びも


糸引くほどに姉さんの

眠い眠気のあぶみ骨

うっかりすればきぬた骨

衣打つほどに糸車

嫁に行きたし姉さんの

渦巻きのぼる螺旋管

あぶみにのって馬をおひ


馬おひかける鳴きいだす

砧うちつつ待ちやりぬ

灯りぼんぼりこほろぎに

るるろるるろにすひーんすひーん

宝石の如、響き合ひ

聞きいるほどに聞き惚れて

身につまされる

しまひには

身につまされて包まれて

の音の国に漕ぎいだす

この洪水の虫の音に


倉石智證

厳しい一日の労働の後で、

ヨブは膝を折って虫の音を聞きました。

ヨブはとても自分を恥ずかしいもののやうに思いました。

真空でなにか金属を折ったやうな、

宝石同士をぶつけたやうな、

確固とした何かとてつもなく高貴な、

それでいて哀切な響きのやうな気がした。